仕組み債には「地雷」が埋め込まれている

EB債にはノックイン条項という地雷が埋め込まれている。参照株式である日本郵船株が一度でも3071円以下になると、償還はお金ではなく、日本郵船の株でなされる。そしてそのときもらえる株数は、ストライクプライス(権利行使価格)の3839円で計算される。100万円投資をしていれば、約260株である。

しかし、償還の時点で仮に株価が2200円になっていたりすれば、もらった260株を売却処分しても、57万2000円にしかならない。万一、日本郵船が倒産し、株価がゼロになっていたりすれば、100万円全額が吹っ飛ぶ。ただし償還日の10営業日前の株価がストライクプライス以上であれば、満額の100万円が償還される。

こうしたからくりはオプションによるものだ。このEB債の場合、実質的に投資家が日本郵船株のプットオプションを売る仕組みになっている。債券を買ったつもりでいたら、投資家はEB債の仕組みを通じて、知らないうちに、株のプットオプションを売らされるという怖い商品である。

プットオプションとは、ざっくばらんに言うと、相手が欲しくないものを無理やり売りつけることができる権利だ。誰がそういうものを買っているのかというと、ヘッジファンドなど、山っ気があって、その株を中長期保有する方針の機関投資家だ。このEB債を作った投資銀行のトレーダーの場合もある。

コロナ禍、ウクライナ侵攻で火を噴いた

彼らはプットオプションで、日本郵船株の値下がりリスクをヘッジする。株が値下がりして、投資家が泣きを見る時、彼らは笑う。値上がりした場合も、中長期保有している彼らはやはり笑う。

ノックイン条項が火を噴いたのは、2020年2月から6月にかけて新型コロナ禍で世界的に株式市場が下落したときや、ロシアのウクライナ侵攻によって2022年2月から約1年間にわたって同様の事態が起きたときだ。地雷原の大爆発である。

ノックアウトしたら(すなわち日本郵船株が4031円以上になったら)EB債が期限前に償還されるという条件は、金融的に言うと、ノックアウトを条件としたEB債を対象とするプットオプション(押し付ける権利)を発行体が売り、投資家が買うという取引である。要は、日本郵船株が4031円以上になったら、EB債を期限前償還します(投資家がEB債を発行体にプットする)ということだ。

なお前述のノックイン条項と違って、日本郵船株はこちらのプットオプションとは直接の関わりはなく、「銀座の和光の前に火星人が降り立ったら」とか「明石家さんまが再婚したら」といった前提条件にすることも理屈的には可能である(ただし後述するオプション料の計算が難しくなり、売り手や買い手が見つからない可能性がある)。