状況が改善しなくても思いを伝えることには価値がある

現在私はハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長として働いています。パートナーに恵まれ、今は3児の母です。

この肩書だけを聞くと、派手な人間のように見えるかもしれません。ですが振り返ると、私を前に進めてくれたのは、本当にコツコツした努力だったなと思います。

指導医については、違う病院に移ったと聞いていますが、その後どうなったのか、いまも臨床をしているかどうか、私には分かりません。

この話を聞いて、ハラスメントを受けた時に指導医に正直な思いを伝えなければよかったのではないか、と思われる方もいると思いますが、私はこのことに後悔はありません。状況としては悪化してしまったかもしれません。

でも、異国の地でいじめっ子に向かって、感情的にならずに落ち着いて思いを伝えられたという経験は未だに私の自信につながっています。また、逆境の中で自分を成長させるためにしたこの期間の努力は、誰にも奪うことのできない私の財産なのです。

誰に何を言われても、「自分はあれだけ努力をしたんだ」と思えることで、揺らぐことのない芯が形成されました。

筆者提供
内田舞さんと夫のジャックさん
内田舞『ソーシャルジャスティス』(文藝春秋)

渡米してから、本当にいろんなことがありましたが、日本を飛び出したこと自体について、後悔は一度もありません。アメリカの女性像は、とてもバラエティーに富んでいて、「こうしなきゃいけない」という像がなかった。だから自分らしく生きられたと思います。日本で「理想の女性」に合わせて生きていたら、今の夫とも出会えなかったでしょう。

一方で、努力では乗り越えられないことにも、たくさん直面してきました。人種差別や女性差別、個人の力ではどうしようもできない社会のゆがみが世の中には存在しています。社会はムーブメントでしか変わっていきません。いま私が『ソーシャルジャスティス』(文春新書)という本を書き、SNSやメディアで発信しているのも、私自身が社会を変える一助になればいいと思っているからなんですよね。

(聞き手・構成=山本ぽてと)
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