それからというものS君は、Y君と毎日挨拶を交わすこと、一緒に帰ることなどを大切にした。はたから見ると些細なことかもしれない。しかし、Y君との信頼関係を築いていくうえでS君にとって大切なことだった。実はそれらは「自分が大切と思うことを優先して行う」という第三の習慣の実行でもあったのだ。

「いつもY君のことを理解しようと考え、たとえばY君が学校の成績のことに触れられるのは嫌そうだとわかると、話題から外すように心がけました。そうしているうちにY君から『人の心にどこまで踏み込んでいいのかわからないんだ』と相談を受けました。それまで相談をする側ばかりの僕にですよ。Y君のために協力したいと一生懸命に考えました」

理解してから理解されるということ

第四の習慣は「Win‐Winを考える」、そして第五の習慣は「理解してから、理解される」であるが、S君はY君をまず理解することでY君の信頼を獲得し、お互い頼りにされるWin‐Winの関係を築けた。また、Y君を介してD君とも友達になることができた。そんな2人に背中を押されてS君は学園祭でカラオケを歌う企画に出場した。旗を持って応援に来てくれた2人の姿を見て、涙が出そうになった。

「ある日、2人に相談したんです。『もっと友達をつくりたいんだ』と。すると『無理かもしれないが相手を信じてみろよ』と真剣にアドバイスしてくれました。そのとき僕にも親友ができたんだと思いました。そして、その瞬間にいじめを受けた8年間の心の重しが取れました」

2009年のチャレンジカップの大会の檀上で、最初のY君への声かけがなければ現在の自分がないことや、自分の人生は自分で変えられるとの思いに至ったと発表したS君はグランプリに輝いた。

その発表のリハーサルでS君の母親はいじめのことを初めて知った。同じようにいじめのことを知らなかった父親は受賞が決まった後、会場で「人間的に成長したな」といってS君を抱擁した。

いまS君は大学で福祉のことを学んでおり、将来は児童福祉司になっていじめを受けた子どもたちの相談に乗りたいと考えている。実は第六の習慣が何かというと「相乗効果を発揮する」ということ。諦めずに親友をつくり、いじめを克服したことで得た相乗効果の一つが、S君の人生の指針に表れているようである。

そして残る第七の習慣が「自分を磨く」ことだ。大学に入ってからS君はキャンパスで積極的に声をかけて同好の士を探し出し、鉄道サークルを立ち上げたという。そうした自分を高めようとする前向きな姿勢を持ち続けるS君なら、夢の実現に向けて着実に歩んでいくはずだ。

※すべて雑誌掲載当時

(南雲一男=撮影 FCエデュケーション=写真提供)
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