「中国人の視察団が帰ると枝が切り取られていた」
愛媛県はこれまで、育種や栽培技術の開発を担う「果樹研究センター」や「みかん研究所」において、中韓から数多くの視察団を受け入れてきた。ただ、種苗がこれだけ無断流出しているというのに、視察団の受け入れ体制は隙だらけだったようだ。
県によると、一団体当たりの視察者は10~20人であることが多い。一方で、対応する職員は通常1人に過ぎない。
職員は、県が開発したカンキツを植えている園地に案内する。園地は広く、枝葉が茂っているため、職員の目が行き届かないところがある。そんなときに盗みが起きる。
「愛媛県の職員の話では、中国人の視察団が帰った後、枝が切り取られているのに気づいたということでした」
こう証言するのは愛媛県のカンキツ農家。中韓の視察団が愛媛県内の農家を視察して、そこでも無断で枝を折って、持ち帰ったという話も聞いている。
持ち帰った枝を自分の産地で接ぎ木をすれば、簡単に増殖できる。この農家自身も「苗を人に譲り渡したいから売ってくれないかという連絡が来たことはある。連絡をしてきた人も、譲り渡す先が県外ということまでしか知らず、どこの誰なのか把握していなかった。もちろん、断った」と話す。
なお、愛媛県は知的財産の流出を防ぐ観点から、10年ほど前から原則として海外の農家や農業団体の視察を受け入れていない。
種苗の持ち出しを手がけるブローカーの存在も指摘されていて、その情報は農水省にも届いている。外国人と思われる人物が種苗の販売業者に連絡をして、たどたどしい日本語で、種苗について細かな問い合わせをしてくることがあるという。
中国は国家的に種苗の流出に加担している
こうした流出には、往々にして海外の現地行政が関与しているから厄介だ。農水省系の学術研究団体である「公益社団法人 農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)」の調査報告は、韓国におけるそうした実態を伝えている。日本のカンキツの導入とブランド化が進んでいる済州島を2014年に調査した際、現地で育種を手がける公的機関が、「今までは品種保護の法律がなかったので、日本から持ってきて接ぎ木して増やした」と認めた(「平成25年度東アジア包括的育成者権侵害対策強化委託事業カンキツ調査報告」)。
中国で広まった「愛媛38号」でも、その普及に現地の行政がかかわっていた。百度百科は、丹棱県以外の産地にいかに普及したかも紹介している。2017年には「中国農業科学院」の「柑橘研究所」が福建省で導入し、目覚ましい成果を上げたという。
中国農業科学院というのは、国直属の農学分野の研究機関。つまり、産地化には国の意向が反映されていたことになる。本書では後に詳述するが、中国は国家的に、種苗の知的財産権の侵害を放置しているどころか、侵害に加担している事実が散見される。