天川村の地域おこし協力隊に

弓場課長から、「まずは地域おこし協力隊として、トラフグ養殖プロジェクトに携わってほしい」という提案を受けた。下西は「すぐにでも行きたい」と思い、面談を兼ねて一度天川村を訪ねた。

そのままプロジェクトに参加するのかと思いきや、大学卒業後は内定先である広島県のスーパーマーケットに就職。実は、すぐに飛び込めない理由があった。

地域おこし協力隊の応募要項では、過疎地域から過疎地域への移住は認められていない。本籍地である五條市は過疎地域で、下西は対象外だった。

考えた末、内定先の会社に事情を話し、いったん広島県で働かせてもらい、本籍地を移動させることにした。3カ月ほど勤務したあと、天川村の地域おこし協力隊に応募し、無事内定。2018年9月14日、下西は天川村に移住した。

筆者撮影
山深い天川村。

トラフグの養殖は、廃校になった旧天之川小学校で行うことがすでに決まっていた。そのため最初の仕事は、養殖を行う校舎の大掃除。使われなくなって16年がたつ教室で、下西は「どこに水槽を置こうか」とワクワクしながら想像を膨らませた。

ただ、いざふたを開けてみると、養殖の知識を持つ人は自分だけであることに気がつく。まるで荒野に一人立たされた思いだったが、固唾かたずをのんで見守る弓場課長や同僚の姿を見て、下西は「ここでフグの養殖を成功させよう」と奮い立った。

筆者撮影
廃校になった小学校の外観。ここでフグの養殖が行われている。

陸上養殖にこだわる理由

トラフグの養殖には、「海面養殖」と「陸上養殖」がある。

古くから行われている海面養殖は、海に囲い網や生け簀を設置して飼育する方法だ。ただ、自然災害の影響を受けやすいのが難点とも言われる。今年、熊本県の沖合で、赤潮の影響により8万5000匹の養殖トラフグが大量死したと報じられた。また成魚になるまで2、3年ほどの時間を要する。

そう考えると、環境に左右されにくい陸上養殖に注目が集まるのは必然かもしれない。海なし県の奈良には海面養殖の選択肢はないのだが、陸上養殖は水質やエサの管理がしやすい特徴がある。さらに、1年~1.5年ほどで成魚になり、出荷できるようになるメリットもある。

筆者撮影
教室の扉にはトラフグのポスター。

下西は、「この時代だからこそ、陸の養殖をするべきだと思うんです」と語る。

「海面養殖は、海の面積が広すぎるから魚がなんぼフンしたっていいわけです。でも、それは海に少なからず影響を与えていますよね。人間が自分らのエゴで食べるものは、自分らの手で管理せなアカンのちゃうんかなって思います」

下西が養殖方法に「閉鎖循環式」を選んだのも、将来的に必要不可欠な方法だと考えたからだった。