過去最高「1日1000個」の売り上げをたたき出す

店内奥に設置された2台のオーブンから、甘い香りが漂ってきた。午前10時の開店からわずか30分。売り場前面の一等席に陳列されたアップルパイ(税別800円)の山がみるみるなだらかになっていく。

那覇市のデパートリウボウで開催された特別販売会。看板商品のアップルパイは60年以上のロングセラー商品
筆者撮影
那覇市のデパートリウボウで開催された特別販売会。看板商品のアップルパイは60年以上のロングセラー商品

高級スーパー「紀ノ国屋」が沖縄初となる「特別販売会」を那覇市のデパートリウボウでスタートさせた9月2日、開店前までに焼き上げた最初の150個が、あっという間に客のカゴの中へと吸い込まれていった。

沖縄は、知る人ぞ知るアップルパイ王国。米軍統治時代の名残で本場アメリカの味に慣れ親しんだ県民は「アップルパイ」と聞いただけで、心躍る。紀ノ国屋が米軍基地内の職人を招き入れ、直接手ほどきを受けたレシピを受け継ぐという名物は「60年以上のロングセラー」を掲げ、販売会の看板商品に据えられた。

この日だけで販売個数は1000個を超え、それまでの最多だった1日600個の実績を大きく上回って過去最高を記録。その翌日から、沖縄は台風に見舞われ、2日間集客が思うようにいかなかった。にもかかわらず、10日間を通した販売総数は5100個に上り、紀ノ国屋の販売会史上1位の結果となった。

売れ行きの勢いに急ぎ追いつこうと、厨房に立ち続けた副社長・髙橋一実さんの腕には、あちこちに火傷やけどの水ぶくれができていた。

沖縄で成功しなければ、海外進出などできない

「沖縄でアップルパイ1日1000個、達成させます」

1年前に沖縄での販売会企画が持ち上がったとき、社員に向け、真っ先に数字を明示して打ち立てたのが、沖縄での記録更新だった。髙橋さんは以前勤めていた別のスーパーで、沖縄進出の責任者を務めていた経験がある。陸路のない閉ざされた商圏。

食文化や好みの傾向が本土と大きく異なるだけでなく、人材の採用、物流コストの負担や製造工場の不足など、流通業の課題が詰まった独特な地域。ここでの目標達成には、他の地域とは異なる“筋肉”が必要だということを痛感していた。

「工場から送った商品が予定通り店に届くのか、製造拠点をどうするのか、協力できる企業と出会えるか、そして何より、紀ノ国屋の商品を買ってもらえる土壌があるのか」

一つずつハードルを乗り越える感覚をつかみながら、その先にイメージしていたことがある。紀ノ国屋の、アジアへの進出だ。数年以内に、シンガポールやベトナムなどの東南アジアにフランチャイズ(FC)店舗や工場を作り、商品を供給することを検討している。

「沖縄で課題がクリアできなければ、海外で通用するはずがない。沖縄はアジア進出のために通らなければならない重要なステップの一つ。1000個超えを達成できた意義は大きい」