なぜ、下西はここまで心血を注ぎながらフグの養殖に向き合うのだろうか?

「“海なし県”の地元で海水魚を飼うことが夢だったので、ホンマうまいこと運命が転がったなぁと驚いてます」と語る、彼の道のりに焦点を当てよう。

さかなクンに嫉妬した少年時代

下西と魚の接点は、「さかなクン」から始まった。2006年、小5だった下西が家でテレビを見ていると、魚類学者でタレントの「さかなクン」が登場。そこで、ある感情を抱いた。

「初めてさかなクンを知ったんですけど、彼があまりにもおもしろそうに魚の話をするから、子どもながらにすごい腹が立っちゃって……(笑)。『うちは海ないのに、なんでこんなに海のこと楽しそうに話してんねん!』って思いました」

海なし県である地元に対してコンプレックスがあったのかもしれない。「僕が知らないものをこの人は知っている」ということも、嫉妬心を覚えた要因だった。数年後、さかなクンの存在は、下西の将来を決める重要な着火剤になっていく。

県内の進学校である智辯ちべん学園中学校に通っていた時だ。ある日、テレビの映像にくぎ付けになった。それは夕方のニュースで、同じ水槽内にタイと金魚が一緒に泳いでいる映像だった。

海水魚のタイと淡水魚の金魚が一緒に泳ぐことは、通常ならば不可能だが、岡山理科大学の山本准教授は、海水魚にとって必要最低限の成分を含みながら、淡水魚も生きていける人工飼育水「好適環境水」を完成させた。この情報を知った下西は、雷に打たれたような思いがした。

「山本先生が作った塩水っていうのが、まだ海という概念がない、恐竜がおった時代の水に近いものなんです。そういうのって、見ただけで記憶にパッと残りますよね。その時の僕は水槽の中で海水魚が飼えるって知らんもんで、『これやったら“海なし県”でも海の魚を持ってこられる』って思いました」

当時のことを語る下西さん。
筆者撮影
当時のことを語る下西さん。

「生き物を粗末にしたくない」

その後、下西は智辯学園の高等学校に進学。担任の先生に今後の進路について問われた時、ふと、さかなクンと岡山理科大学のニュースを思い出した。

「そうだ。あの教授の大学に入って、水質の勉強をしよう!」

思い立った下西は、推薦枠を狙うため生徒会の会計係になり、野球部の試合や学校行事の裏方を行った。そのかいあって、岡山理科大学のバイオ応用化学科に推薦で合格。3年生まで座学を学び、4年生で念願の山本准教授の研究室に入った。そこでさまざまな魚と触れ合い、充実した日々を過ごす。

ただ、いいことばかりではなかったという。ある時、魚の養殖業者から試験用のフグ150匹を買い取った。だが次の日、研究室を訪れると、100匹が死んでいた。はっきりとした原因はわからなかったが、移動によるストレスでフグが弱り、体内に寄生虫が発生したのではということだった。フグはうろこがないため、病原菌や寄生虫が侵入しやすいのだ。