200匹の稚魚を仕入れて本格スタート

2年間の試験運用を経て、2021年の夏、初出荷に向けて200匹の稚魚を仕入れた。市場に出荷するには、体重800グラム以上の成魚にしなければならない。下西は個体を大きくするため、適切な水質と水温かどうかを確認しながら、1日6回のエサまきを続けた。

昨年試食した個体は「身が柔らかい」という意見があったため、身を引き締めるために水流発生器でフグたちを運動させる対策も行った。

魚粉を原料としたエサ。
筆者撮影
魚粉を原料としたエサ。

フグたちの体重は少しずつ増えたが、まだまだ出荷できるほどには至らない。下西が頭を抱えていると、あるフグの養殖業者が視察に訪れ、鶴の一声をくれた。

「その人は2日に1回しかエサをやらんって言うんです。なぜかって尋ねたら、『人間もそうやけど、胃が空っぽのところにカロリー高いもん食べたら太りやすいやろ。フグも一緒なんじゃない』って言われたんです。それに、エサは水でふやかしてからまくそうで、『人間でも水を飲まんと米がつっかえてしんどいでしょ』って。実際まねしてみたらフグの成長が早くなったんです。まさに目からうろこでした」

アドバイスを実践し、フグの体重は500グラムから1キロに。しかし、またもや苦難に襲われた。

2022年の初夏、出荷前にきれいな水で泳がせようとフグたちを一度水槽から小型のタンクに移した。タンク内の人工海水に酸素を注入していると、その量が多すぎてフグの体のぬめりがはがれ、白い腹が赤くただれてしまった。

「人間でいうと、超乾燥肌みたいな感じです……。それからは簡易的なタンクじゃなく、3トンぐらいの水が入るプールに移し替えるようになりました。最後まで本当に気が抜けなかったです」

この影響で70匹の成魚が死んだ。出荷直前の大きな失敗だった。トラフグを飼うことの難しさを何度も痛感しながらも、下西はめげずに飼育し続けた。

生き残った124匹を初出荷、その味は…

2022年8月、天川村のフグ124匹が初の出荷を迎えた。トラフグは冬が旬だが、夏に卸すことができたのは陸上養殖ならではだろう。

天川村のフグを口にした役場の人たちは、「身のコリコリが最高やな!」と歓喜の声をあげた。卸先となるフグ料理店からは、「歯ごたえがいい」と太鼓判を押され、下西自身も「身がしっかりしてて、甘かったです!」と自信をのぞかせた。来年の出荷依頼も魚屋や飲食店から続々と来ているそうだ。

水槽を元気よく泳ぐトラフグの稚魚たち。
筆者撮影
水槽を元気よく泳ぐトラフグの稚魚たち。