このシステムは浄化槽にいるバクテリアを使い、フグのフンに含まれるアンモニアを硝酸塩に変え、きれいな人工海水として水槽へと循環することができる。海から塩水を運ぶ「かけ流し式」よりも水質や水温の管理がしやすく、河川や海に影響を与える心配もない。

教室の入り口には「トラフグ学級」のプレート。
筆者撮影
教室の入り口には「トラフグ学級」のプレート。

300匹の稚魚から始まった試験養殖

2019年、トラフグの陸上養殖が試験的に始まった。教室内に設置された水槽は1つ約60万円。資金は役場から出ている。下西は「こんなに投資してもらって、絶対に失敗できない」と思った。

まずはきの良い成魚20匹を仕入れ、フグの皮膚からとれるバクテリアを水槽内で増やしたあと、300匹の稚魚を投入。そこで下西は、天川村の水がフグの養殖に適していることに気が付く。

「人工の塩を溶かして海水をつくるときに、ここの水がちょうどフグに合ったpH(水素イオン指数)になるんです。カルキが少ない天川村の水で育てるトラフグは、きっとおいしいに違いないって思いました」

ただ、水のきれいな里山だからこその悩みもあった。冬の天川村はマイナス0度以下になる日もあり、古い校舎の底冷えする寒さで水槽内の水温が下がり、フグの成長に支障をきたす恐れがあった。

そのため、下西は窓や外壁に外気が入り込まないように板や緩衝材を貼り、エアコンやストーブで室内を一定の温度に保った。「冬は一日に灯油まるまる一缶なくなるので、ガソリンスタンドには3日に一度は往復しています」と下西は言った。

フグを見守る下西さん。
筆者撮影
フグを見守る下西さん。

噛みつき合いで半数が死んだ…

陸上養殖の試験運用を初めて2カ月後。稚魚が一回り大きくなったころ、トラブルが起きた。フグ同士の「噛みつき」だ。

フグ科のなかでもトラフグは「歯切り(歯をニッパーなどで切ること)」をする必要がある。なぜなら、ストレスが原因で周りの魚を傷つけることがあるからだ。しかし、1匹ずつ手に持って行う歯切りは、人間の体温でフグがやけどしてしまうリスクもある。

下西はそのことを知っていたが、業者から「この塩分濃度ならストレスによる噛みつきはないだろう」と聞き、「しなくて済むなら、しないでおこう」と考えた。

ところが、フグが成長すると、骨まで見えるほどのひどい噛みつき合いが起こり、フグの半数が死んでしまった。自分の知識不足でフグを死なせてしまい、下西は自責の念に駆られた。

「いままで水質の勉強はしていたけど、魚の生態について知らないことが多すぎる……」

そこで下西は、ネットで検索してフグの生態についての論文を読みあさった。フグの陸上養殖業者にも連絡を取り、「どうしたら噛みつきが起きませんか?」「安全な歯切りの方法はありますか?」と、すがる思いで指導を仰いだ。

時には、「同業者には教えられない」と門前払いを食らうこともあったが、へこたれずに電話をかけると、数カ所の養殖業者はいくつかのアドバイスをくれた。下西は「もうフグたちを死なせたくない」と思いながら必死にメモを取った。