フグ科のなかで最も高価な「フグの王様」
奈良の市街地から車で約2時間。“酷道”とも呼ばれる国道309号線の急カーブをいくつも経て、奈良県天川村にたどり着いた。車を降りると、森が迫ってくるような感覚になる。
人口は1300人ほどで、65歳以上の高齢化率は51.04%(10月1日時点)の小さな村だ。この山深い里山から、今年8月、養殖された高級魚「トラフグ」が初出荷された。
トラフグとは、フグ科のなかで最も高価であることから「フグの王様」と呼ばれており、主に日本海や東シナ海などに生息している海水魚だ。それが海なし県である奈良で立派に育った。
卸した数は124匹。体重約1キロに成長した天川村のトラフグは、村内の今西商店などに出荷され、刺身やふぐちり鍋用として販売された。
卸先のフグ調理師からは、「歯ごたえがいい!」「このサイズにしては味がしっかりしてる」とお墨付きをもらい、味の評価は上々だったという。
「山でフグを育てる?」という意外性から、テレビ局や新聞など、さまざまなメディアが注目。大手寿司チェーン「くら寿司」も視察に訪れるなど、飲食業界からも熱い視線を浴びている。
取材の日、私が向かったのは、廃校になった旧天之川小学校の校舎だった。窓が緩衝材に覆われた教室に足を踏み入れると、黒板はそのままだが机やイスはなく、代わりに大きな生け簀があった。
直径約3.5メートル、高さ1メートルの水槽が2つと、浄化槽が1つ。そのなかで来年出荷予定の小さなフグたちが勢いよく泳いでいた。
水槽には10トン、浄化槽には6トンの人工海水が入っている。
村の未来を託された27歳
この養殖場をほぼ一人で管理し、トラフグの初出荷までこぎつけたのは、27歳の下西勇輝だ。
大学で水質を学んでいた下西は、ひょんなところから天川村でフグの養殖に携わった。いまでは水面の微妙な違いでフグの体調を見極める、まさにトラフグ養殖のエキスパート。水槽のそばで、赤子を見守るようにフグたちを見つめる姿が印象的だった。