「化学合成農薬を使うべき」というのが専門家の結論

海外では、有機栽培の科学的研究が盛んです。有機栽培した麦類と化学合成農薬を用いる慣行栽培の麦類のDON量を比較した試験も行われていますが、有機の方が少ないという結果と多いという結果の両方があります。

中島さんは「赤かび病の被害は、どの国でもその年の気象条件により大きく変わります。単年度の試験の結果をもとに有機がよいとか悪いとか判断するべきではありません。日本の気象条件では麦類はやっぱり、化学合成農薬を使うべき、というのが私たち研究チームの結論です。有機農業の目的は、生物多様性保全、循環系構築など環境保全のため。食の安全の確保や向上は保証していないことは理解してほしい」と語ります。

気候変動も顕著で、温暖化や降雨の変化等によりかび毒のリスクも変わってきます。今後も、気を緩めず対処してゆく必要があります。

セールストークではなく科学が必要

残念なことに、こうした情報がパン職人に伝わっていない現状があります。ドイツなどで修業しパン職人として業界をリードし製パン法の書籍も数多く出版している竹谷光司さんは「パン職人の間で国産小麦への関心が高まっており、有機国産小麦を安全安心と思っている人もいるようです。かび毒の話は、ほとんどの職人が知りません」と語ります。

パン職人の中に、近所の仲間で小麦を植えようとしている人もいるそうです。有機だから安全安心と信じ込んで、DONの検査もせずパンとして販売されたら大変です。

国産小麦については、「輸入小麦のようにポストハーベスト農薬を使っていないから安全」という見方をする人もいます。しかし、製粉関係者によれば、収穫後に輸送中の害虫やかびの増殖防止のために用いられるポストハーベスト農薬は現在、海外でもあまり使われていません。使われたとしても、かび毒に比べリスクは小さく、残留基準を超過していなければ農薬使用に安全上の懸念はありません。

冒頭の三大売り文句の一つ、天然酵母の安全安心も、科学的な判断とは言えません。そもそも、パンに使われる酵母には遺伝子組換え技術などは用いられておらず、人工酵母はないのです。パンに使われる市販酵母、イーストは、工場で野生酵母からパンに適した優良株を選抜して培養したもので、これも立派な天然酵母です。

竹谷さんは「国産や、オーガニックなどの言葉は、セールストークとしては魅力的ですが、これらはあくまでもおいしさ追求のため。科学的に理解してパンを作って販売してゆきたい」と語っています。

パン職人がセールストークに走る背景には、メディアやSNS等が、かび毒などのリスクを知らず、国産や有機を無責任に持てはやしてきた風潮もあるでしょう。思い込み、ではなく、科学が必要です。

(記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます)

参考文献
製粉振興会・小麦粉の基礎知識
農水省・国産麦に関する情報
農水省・かび毒に関する情報
農研機構・麦類のかび毒汚染低減のための生産工程管理マニュアル改訂版(2016)
中島隆,ムギ類赤かび病によるかび毒汚染低減に関する研究;日本植物病理学会報85巻(2019)
厚労省薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会資料・食品中のデオキシニバレノールの規格基準の設定について
中島隆, 有機農業の拡大のための次世代有機農業技術を考える;日本農学アカデミー第36号(2021)

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