赤かび病対策は難しい

農水省は2002年以降、毎年100〜226地点の小麦のDON汚染を調べています。同年以外は基準を超過するものは出ていません。汚染の最大値は2004年の0.93mg/kg。各年の平均値も最大値が2006年の0.13mg/kgで、ほかの年は0.1mg/kgを下回っています。

とはいえ、マニュアルができて指導に懸命だからDONデータも下がった、とは言いづらいところが、赤かび病とDON対策の難しいところ。図表3で、2014年と15年の通常調査、追加調査の結果を示しました。通常調査は全国でのサンプリング。追加調査は、赤かび病の発生が多いと報告された地域について追加で調べたものなので、平均値が大きく上がっています。DONによる汚染が年によって地域によって違い、サンプリングによっても大きく変わり得ることがおわかりでしょう。

【図表3】国産小麦のDON実態調査
国産小麦のDON実態調査

赤かびは普通に野外にいるので、発病防止は大変難しいのです。今年作についてもいくつかの県が「赤かび病が多発している」として生産者に注意を呼びかけました。生産者はマニュアルに従って栽培や収穫を行い、自治体やJAなどが収穫後の小麦の検査を行って、基準値を超過する小麦を出荷しないようにしています。

もちろん、赤かび病は世界的に発生しているため、輸入小麦も注意しなければなりません。輸入小麦は国家貿易品であり、農水省が検査して買い上げています。同省が2006〜15年度に輸入小麦2831点を調べた結果は、平均値が0.094〜0.11mg/kg。最大値は1.1mg/kgでした。厚労省も外国産小麦を調べています。それらのデータを見る限り、現在は国産と輸入のDON汚染状況は大差ないようです。

研究者は「麦類は有機栽培せず、食の安全を守ってほしい」

以上が、小麦のかび毒の実情です。

赤かび病研究をリードし生産工程管理マニュアルの作成と普及に貢献した中島隆博士(現農研機構エグゼクティブリサーチャー)は、有機栽培が注目されていることを踏まえ、「麦類を、化学合成農薬を使わず栽培すると、かび毒汚染のリスクが高くなります。麦類は有機栽培せず、食の安全を守ってほしい」と語っています。

中島隆・農研機構エグゼクティブリサーチャー
中島隆・農研機構エグゼクティブリサーチャー。赤かび病研究をリードした。現在は、農研機構初のスタートアップ「植物病院」の準備をしている(筆者撮影)

赤かび病対策のマニュアルで使用を推奨された三つの化学合成農薬は、許容一日摂取量(ADI)が40〜120μg/kg体重/日。この数字は大きければ大きいほど毒性が弱いことを意味します。しかも、小麦に使用してもその摂取量はADIに比べて著しく少ないことが明らかです。

一方で、DONの耐容一日摂取量(TDI)は1μg/kg体重/日で、前述のとおり、子どもの一部は摂取量がこの数値を超える可能性があります。比較すれば、農薬使用よりもかび毒の方がやっぱりはるかにリスクが高いのです。

有機栽培では、化学合成農薬は使えませんが微生物から抽出した剤など約30種類の農薬は使えます。そこで、中島さんらはそれらの農薬についても試験しました。使えれば、麦類の有機栽培も可能になります。

しかし、赤かび病への効果がほとんどないものや、麦の生育に影響が出る「薬害」が発生するものもあり、化学合成農薬を代替できないことが判明しました。