優秀な行政担当者でもどうしようもないこともある

このことを、当の行政担当者と議論すると、事業計画はきっちりつくらせている、という反論が返ってきます。しかし、農業経営者の目で見れば、ツッコミどころだらけのものばかりです。形だけそれらしくても、本人の腹の中から出てきたものなのか、数字合わせなのかは、経営の経験がある人なら5分も話せば分かってしまいます。

その程度の書類でも通してしまうのは、担当の行政担当者に見抜く力がないのか、はたまた、あえてツッコまない他の理由があるのか。いずれにしても、多くの新人の事業計画が、サバイブ能力の高い人を残す「ふるい」としては機能していません。

あえて付け加えますが、新規就農を担当する行政担当者の中には、真面目で善意にあふれた人も多く存在します。私の知る多くの担当者は、本来のミッションとは到底言えない新人の「おもり」を押し付けられて、それでも本人たちのために頑張っています。その奮闘も虚しく、十分な成果は出ていません。

助成を「クソみたいな仕事」にしている役人の罪

残酷なことを言えば、真面目に愛を持って接すれば起業家が育つほど、世の中は甘くありません。成果の上がる見込みのないことに、優秀な行政担当者を充てていることも、この制度の大きな負の側面です。今の状況に比べれば、制度を撤廃して何もしない方がトータルでまし、というのが私の考えです。

また、さらに余計なことを付け加えれば、真面目でもなければ愛もない行政担当者も一部存在します。この制度を当てにして、天下り先となる新規就農者の研修施設を拡充してしまったり、外部の事業者に丸投げで中身のない研修プログラムをつくったりしています。そういう「ブルシットジョブ製造役人」に対しては、ストレートな意味で、この制度は廃止した方がいいでしょう。

この構図は「M-1グランプリ」と似ている

一般のビジネスであれば、金融機関から融資を受けたり、投資家を探したりする過程で、事業計画の不備を指摘され、内容が磨かれていきます。資金調達の直接の必要性もさることながら、その過程で計画が鍛えられていくことが、起業の実現性を高める重要なプロセスです。甘い助成金の一番の問題点は、このような人と計画が鍛えられる過程を奪ってしまうことです。2022年の新制度では、金融機関の審査をパスした計画にだけ融資が実行される枠組みが新たに設けられました。改善に期待しています。

久松達央『農家はもっと減っていい』(光文社新書)

農業を始めたい人が始めやすい環境を整えたいという「善意」の声は、農業を応援する一般の人からも聞こえてきますが、当人のキャリアを考えても、甘いフィルターが本当に「善」として機能しているのかどうかはよく考える必要があります。少なくとも育成の現場にいる私には、制度の選別の緩さは無責任に見えます。

漫才の人気番組M-1グランプリの発起人の一人、島田紳助さんは、番組を始めた理由について、才能のない芸人にやめてもらう機会を提供するためだと語っています。10年かかって準決勝まで行けない人間は、芸人に向いていない。それを見極める場としてこの番組がある、と。どの世界でも、挑戦者が多い世界では、生き残れない人の方が多いのです。人生のやり直しが利かない年齢の者を「討ち死に」に追いやる制度が「支援」なのかどうかを、今一度考える必要があります。

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