10年前までは「おいしい商材」で食べていけたが…

新規参入は販売競争でも不利です。生産力のない新規参入者は、大きな土俵で戦うのは難しいので、地域の小売店など小ロットで取り組みやすい販売先からスタートすることがあります。そこに立ちはだかるのは、幾度ものトライアンドエラーを経て、品目の絞り込みと出荷量の拡大を既に実現した先行者です。

後発の新人が同じアイテムで正面から挑むことは困難です。先行者が手を付けていない品目や、他の生産者の出荷量が少ない時期を狙った栽培に向かわざるを得ません。大手が手を付けないこれらのニッチな品目は量が掃けず、投資がしにくいものばかりです。競争が十分に機能している市場では、基本的に「おいしい商材」は残っていないし、発見されればすぐに真似をされます。

2010年頃までは、新しいアイテムや切り口の提示ができれば、何年かは食べていけました。しかし、情報の伝播の速いSNS時代には、あっという間に模倣されます。しかも市場全体が縮小している中でそれが起きるので、少しばかり目新しいことをやっても、市場はすぐに飽和します。先行者利益が年々小さくなっている、ということです。

「自分だけが知っている」は何の価値もない

市場で、プレイヤー間の保有情報に差があることを「情報の非対称性」と言いますが、農業において情報の非対称性で食っていくことはもはや不可能です。

ある若手生産者の例をご紹介します。その売り先は、野菜のネーミングが上手で、変わった名前を付けて独自のブランディングを行っています。若手生産者がつくっていたのは、ある品種のかぼちゃを若採りし、サラダ的な食べ方を売りにした野菜です。当人は、栽培が上手でなくても、流通との間で品種の秘密が保持されているので、立場は安泰、と解釈していました。私は、「君のやっていることなんて、明日にでも誰でも真似できるよ」と忠告しました。

日本カボチャは、日本のパンプキンまたはグリーンパンプキン
写真=iStock.com/Torsakarin
※写真はイメージです

これは、品種情報の秘密以外に事業にバリューがないケースです。今の時代、本気で知りたいと思えば、この程度の情報はすぐに調べられます。「自分だけが知っている」などという情報の非対称性は盾として機能しないのです。