夜回り取材をしている時、あるメガバンク関係者は筆者につぶやいた。「あれだけ大量の株式を持たれている。資本主義のルールの中では相当苦しい」
中国政府の支配下にはいったフィリピンの送電会社
話を中国政府の株式所有に戻そう。中国政府による間接的な株式保有の実態はAIの分析で示されたが、実際に中国政府が株式を通じて影響力を行使した事例はあるのだろうか。
間接的な株式保有ではないが、興味深い一例がある。米CNNが2019年に報じたフィリピン国会議員向けの内部文書だ。フィリピンの送電会社が中国政府の支配下にあり、紛争が起きれば電力が遮断されるという懸念を示す内容で、フィリピン国会内で懸念が高まっているというものだった。
CNNなどによると、フィリピンの送電会社「NGCP」に対して、中国国有企業は40%を出資している。
さらに、内部文書によれば、中国人技術者だけがシステムの重要な部分にアクセスでき、理論上は中国政府の指示で動作を停止できると指摘。現地の技術者が不具合に対処できない場合、海外にいる中国人技術者だけがパスワードを知り、システムの操作ができるという。
フィリピンの上院議員の一人は「スイッチひとつで」電力が停止する可能性に懸念を示し、「中国の最近の行動や覇権主義的な願望を考えると、国家安全保障に対する深刻な懸念だ」と述べた。
エネルギーも「武器」になる
もちろん、中国が実際にフィリピンの電力会社を攻撃した事例はなく、あくまでも理論上の可能性だ。ただ、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻後、世界の人々はエネルギーと国の安全保障が密接に関係している現実を目の当たりにした。
資源大国ロシアはエネルギーを「武器」に国際社会を揺さぶり、ポーランドとブルガリアなどに対して天然ガスの供給を停止した。
中国とフィリピンの件で言えば、両国は実際に南シナ海で領有権を争っている。日本とフィリピン政府は2022年4月、初の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を東京都内で開催し、南シナ海などの状況に「深刻な懸念」を表明している。
ただ、AIや株主の状況に頼る公開情報の分析には限界もあり、実際には国際情勢なども加味した総合的な分析が必要となる。
経済安全保障が専門の多摩大ルール形成戦略研究所の井形彬客員教授は、「現状では中国政府が間接支配する企業に影響力を及ぼした事例が見当たらない。戦略的な意図があるとまでは断定はできない段階ではないか」との見方を示す。
中国政府の能力や意図を過大評価しすぎず、一方で過小評価せずに見極めることが求められている。