VRが本格導入されているのはアダルト業界

「現段階では、やっぱりゲームとエロですかね」

彦坂さんも指摘するように、実はVRが本格的に導入されているのはアダルト業界らしい。日本では毎月数十本のVR作品が発売されており、「世界一のアダルトVR大国」とも呼ばれているそうなのである。

髙橋秀実『道徳教室 いい人じゃなきゃダメですか』(ポプラ社)

実際、私が渋谷にある個室ビデオ店を訪れてみたところ、約60分待ちで、人気のほどがうかがえた。2000円で90分VR見放題。受付でHMDとヘッドフォンを受け取り、指定された個室に入る。作品の選択法がよくわからないまま、スタートボタンを押すと、いきなり目の前に化粧の濃い女性が現われた。

「何かしたいことあるの? えっ何? 聞こえないよ。えっキス? キスしたいの?」

などと言いながら女性が私ににじり寄り、「じゃあ短いチューするよ」と顔が迫ってきて、私は思わず身を引いた。引いても距離が変わらないというのがVRの特徴で、私はいったんHMDを外した。あらためてリストを見ると、ほとんどがこうした一人称もの。自らの視線に没入するのかと気を取り直して、再びスイッチを入れると今度は保母さんとおぼしき女性が現われ、「どうして元気がないんでちゅか? チューしたら元気になりまちゅか?」などと言いながら迫ってくる。顔が画面全体に広がって私がのけぞると、下のほうに誰かの下半身が映っていた。

下半身が向こう側に“移転”したような感覚

俺の下半身?

そう思った瞬間、姿勢が同じせいか自分の下半身が向こう側にテレイグジスタンスしたような感覚に襲われた。私は慌ててHMDを外し、実物の股間をまさぐり、男根を握りしめてその「存在」を取り戻した。さらには勃っていないことも確認して安堵あんどした。魂は奪われても男根は裏切らないのだ。

意外に道徳的なのか? 俺。

私はそうつぶやき、HMDを外した開放感にしばらく浸った。

もしかすると「現実」とはこの感覚ではないだろうか。

何にも没入しない散漫な気分。英語の「リアリティ(reality)」は「実在、本体」を意味するが、日本語の「現実」とは「うつつ」のこと。うつつはうつりやすく、うつらうつらの状態が「現実」なのである。となると「バーチャルリアリティ」とは「道徳的実在」と訳すべきで、あまり現実的ではないのかもしれない。

※VRの施設、サービスなどの情報は取材時のものです。

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