忙しいエグゼクティブにとって「夢のツール」になるか
「テレイグジスタンスの需要があるのは、まずエグゼクティブの出張です。社長などが海外エ場に出かける移動コストの削減。これを使えば、リアルタイムで会議にも出席できますからね」
彦坂さんは意気揚々と語る。数年後には数百万円でこのシステムを販売する予定らしい。リアルタイムでの「存在」移動は、世界各地を忙しく巡るエグゼクティブにとって夢のツールのようなのだ。
「それ、冗談ですよね」
外資系企業の役員にテレイグジスタンスのことを話してみると、一笑に付された。移動コストの削減についても、「そりゃ我々も表向きはコスト削減と言いますよ。でも日頃大変なストレスを抱えていますから、飛行機の移動は貴重な時間なんです。連絡も取りにくいので、本当にひとりになれますし」とのこと。
彼らは体を移動させたい。移動を味わいたいそうなのである。
「取引先や社員からしてもトップがお金をかけてわざわざ足を運んできた、ということが重要なんです。フェイス・トゥ・フェイス。顔を突き合わせなければ、気持ちだって通じ合えないでしょ」
移動できない場合も、従来のテレビ会議で事足りるという。HMDなどを装着してVR会議などをすると、隣同士でひそひそ話もできず、かえってコミュニケーションを阻害するらしい。
「感情はデジタル化なんてできるわけがない!」
——しかしテレイグジスタンスなら社長にとっても実際に現場に居る臨場感があるそうで……。
私が説明しかけると、彼が遮った。「その時、社長はどこに居るんですか? 本社に居るのに本社に居ないことになりますよね」
そこに居ないのにそこに「居る」ことができる技術は、ここに居るのにここに「居ない」という現象も生み出してしまう。存在するのに「存在」が不在で、そうなると「存在」の存在意義に悩まされる。もともと存在感のない社長の「存在」などは移転する意味もないわけで、居ないなら居ないで体ごと居ないほうが、人として潔いのではないだろうか。
「エグゼクティブといったって結局は人間関係で悩んでいるんです。人間関係って感情でしょ。感情はデジタル化なんてできるわけがない!」
彼はしまいには怒り出した。人間関係のVR、すなわち道徳的現実は感情。おそらくそれは直接肌で感じるものなのだ。