仮想現実(VR)はわれわれの生活をどこまで変えるのか。たとえばVRとロボットを合わせた「テレイグジスタンス」という技術では、いわば「存在」を移転させることで、ビジネスでの出張が不要になるという。いったいどんな技術なのか。ノンフィクション作家の髙橋秀実さんが取材した――。

※本稿は、髙橋秀実『道徳教室 いい人じゃなきゃダメですか』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

VRにおけるビジネスのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
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「現実」だと思っているものは実はつくりもの

「もともと私たちは現実そのものを見ているわけじゃないんです」

VR研究の第一人者である舘暲たちすすむさん(東京大学名誉教授)は穏やかに語った。

かつてカントも指摘したように私たちは物自体を認識しているわけではない。視覚としては電磁波のうち、光と呼ばれる400~750ナノメートルを検知するだけ。聴覚も空気振動のうち、わずか20~2万へルツという限られた音波を感知し、それらが脳内に現わす写像を認識しているにすぎないらしい。

「私たちは三次元空間の中に居るのではなく、頭の中に三次元空間をつくり出しているんです。だったら同じメカニズムで頭の中に空間を再構築すればよい。それがVRです」

私たちが「現実」だと思っているものも実はつくりもの。同じつくりものなら技術によってつくり出せるということなのだ。

視覚の場合、色は赤緑青の三原色で再現できるし、距離感も表示画面と目の間に凸レンズを入れることで、輻輳ふくそう(目の動き)と視角から三次元空間をつくり出せる。頭の働きをセンサーでとらえ、コンピュータで即座に計算して映像を変えることで、360度を見渡すこともできる。視覚と聴覚については原理的には「かなりクリアできている」そうで、あとは性能の向上を待つのみなのだそうだ。

次の段階はザラザラ、デコボコ、ツルツルの再現

舘先生によると、VRの必要条件は次の3つだという。

・実寸大の三次元空間
・リアルタイムのインタラクシヨン
・自己投射性

物体との距離や大きさを実寸で感じ、リアルタイムでの相互作用があること。自分が動くと反応があり、自分がその空間に入っていると感じられること。私がVR専門の遊興施設で体験した「高所恐怖SHOW」もこの3条件を備えており、その「現実」に私は恐れおののいたのである。

「次の段階が触覚なんです」

続ける舘先生。

「何かに触ろうとした時に、それに触れる。触れることでそれが本物になるわけでしょ」

——しかし物体はない……。

「実際の触感はないのに、触感をつくり出す。手袋などを使って、指に刺激を与えるんです。色が赤、緑、青で再現できるように触覚も3つに分解すれば再現できます。振動、温度、力。それによってザラザラ、デコボコ、ツルツルといった感覚を再現できるんです」