人間の「存在」を遠くに飛ばすテレイグジスタンス

——本当なんですか?

私が驚くと、舘先生は静かに微笑んだ。

「すでにVRは実応用されようとしています。髙橋さんが恐れたVRも高所恐怖症の治療に使えます。戦争でPTSDになった兵士も現場を再現したVRを小出しに体験しながら治療されていますし。それから不動産の内覧、ものづくりでの試作……、そしてVRの先はテレイグジスタンスです」

テレイグジスタンスとは訳して「遠隔存在」。VRとロボットを合わせた技術で、その場に居ながら臨場感を持って遠隔地に居るロボットを操作する。いってみれば「存在」の移転。VRの「現実」が遠くの現実に働きかけるのだ。

——すみません、それは何に使うんでしょうか?

その人の「存在」を遠くに飛ばすそうだが、飛ばしてどうするのかという疑問がわいた。

「遠隔就労が可能になります。家やオペレーションセンターでHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をつけて仕事ができる。子育てしながらでもできるし、体の不自由な人もロボットが機能を補ってくれます。外国にロボットを置けば外国でも働けるんです」

あくまで「存在」だけが移動するので、ビザもいらないし移民にもならない。テレイグジスタンス社会の実現によって「大都市への人口の一極集中」「少子高齢化」「移民問題」なども解決できるそうで、まるで映画の『アバター』や『サロゲート』の世界。先生の話を聞くうち、私は自身の「存在」が揺らいだような気がしたのである。

家電量販店では「VRは流行りませんでした」

ネットで調べてみると、すでにVRは多方面で活用されているように見える。そこでまず新築マンションをVRで「疑似体験できる」という会社に電話で問い合わせてみると、「そのサービスは終了しました。今後の予定もありません」と素っ気ない返事。結婚式にVRで参加できると宣伝しているウエディング会社もなぜか連絡がつかない。建築業界ではVRを使った設計が始まっているとのことだったのだが、ある一級建築士に訊いてみると「パソコンの3Dパースで十分です」とにべもない。

スマホに連動したVRも話題沸騰のはずだが、実際に家電量販店でたずねてみると取り扱いをやめたという。「なぜ?」とたずねると、「VRは流行りませんでした」と過去の遺物のように釈明されたのである。

もしかしてブームが仮想現実なのではないか。

疑いを抱いた矢先に目にしたのが「VR Cycle」の看板だった。渋谷にあるスポーツジム。VRを見ながら自転車を漕ぐそうで、「視覚的な達成感」(パンフレットより、以下同)を味わいつつ、「ワークアウトしていることを忘れてバーチャルな世界に没頭」できるらしい。早速、私は体験コースに申し込み、ジャージ姿で自転車にまたがった。