中国の「民主」は孟子の民本思想が由来

中島隆博『中国哲学史 諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』(中公新書)

——中国にかかわっていると、横文字の言葉の意味と、中国語の意味のズレを感じます。たとえば「republic」と中国語の「共和」(gòng hé)、「democracy」と中国語の「民主」(mín zhǔ)は、肌感覚としてはかなり違うものを指していそうです。中国人自身は無自覚かもしれませんが、漢語の古典の意味に引きずられているのではないですか。

【中島】そうですね。たとえば「民主」には、孟子の「民本」の考えに引きずられている部分がありそうです。

——孟子の民本はどのような考えでしょうか。

【中島】まず、民本の思想は人民主権ではありません。主権は人民ではなく、それを代理する為政者にある。さきほどの繆昌期の考えとも同じ構造です。あれも孟子の民本からきた発想ですからね。

中国の「デモクラシーから日本が学べること」

——主権は為政者にあるが、できるだけ民のことを考えてあげなさいというのが民本。まさに中国式の民主主義という感じがします。1989年の六四天安門事件のとき、学生たちが主張していた「民主」のイメージも、実はこれに近いものだったようです。当時の参加者から聞き取りをした印象です。

中国の伝統思想と西洋思想の橋渡しをおこなった胡適(1891~1962)

【中島】私は今回の『中国哲学史』のなかで、中華民国期の思想家である胡適こてき(1891~1962)に何度も言及しました。彼は全面的な西洋化を提唱し、デモクラシーについても徹底的に西洋化しなくてはならないと考えていました。つまり、孟子的な民本とは異なる、リベラルデモクラシーの可能性を徹底的に追求したのです。しかし、それは結局、中国では胡適が望むような仕方では実現しなかったのでしょう。

——もっとも、中国の問題点はもちろん、日本はどうなのかとも考えてしまいます。中国式民主主義は、政権や指導者の批判はNGですが、実は意外と世論が政治に反映される。特に近年の場合、町内会レベルまで張り巡らされた党組織とITを通じて、人民の生活上の問題については非常に細かな課題まで為政者に吸い上げられて、迅速に解決策が出てきています。

【中島】日本の場合、制度上は西洋式なのですが、民の声が政治に反映されている実感は非常に薄いでしょう。中国のほうがデモクラシーがある意味で機能していて、日本のデモクラシーが劣化している可能性すらあります。日本は実質的に人民主権が深められているわけではないし、しかも為政者が民の声を聞かないならば、これは孟子の民本ですらない。中国思想の世界から、日本の社会の課題も見えてくるように思います。

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