中国共産党と「新儒家」
——中島先生の新著『中国哲学史』は、近世以降の中国哲学とキリスト教や西洋哲学との接触・融合や、さらに1949年の中華人民共和国成立後の儒家たちについても、多くの紙幅が割かれている点が特徴です。たとえば、1949年の中華人民共和国の建国後、海外に逃れた儒者とその弟子たちが「新儒家」になりました。
【中島】新儒家は「内聖外王」というスローガンで知られています。この「内聖」とは、自分の内面をととのえて聖人になろうとすること。いっぽう「外王」は、政治的な統治のことです。いわゆる経世済民ですね。
過去の王朝時代であれば、「内聖」と「外王」はどちらも中国的な価値観のなかにあり結びついていたのですが、20世紀になると、そうではなくなります。新儒家たちは儒教的な人間性を高めて「内聖」を追求するいっぽう、新たな「外王」である欧米的な議会制民主主義と科学を、儒教とどう結びつけるかについて模索しました。
——新儒家は各自のアプローチこそ違えど、欧米式の民主主義に親和的で中国共産党体制から距離を置く人がすくなくない印象です。たとえば、昨年8月に逝去した新儒家の歴史家・余英時(1930〜2021)にしても、天安門事件に抗議し、台湾のヒマワリ学運や香港のデモ活動に理解を示し……と、政治的にはかなり尖った人でした。
【中島】彼らには中国の社会主義化を嫌って拠点を香港・台湾に移した人も多かったですし、また20世紀末になると、冷戦の終結にともなって議会制民主主義が世界的に説得力を持ちました。新儒家たちの思想はこうした時代背景の影響も受けていたことでしょう。
「共産党の儒教化」を目指す中国人たち
——いっぽう、近年の中国は、西側の社会体制を否定して中国の体制の優位性を強調しています。中国人自身も、すくなくとも中国大陸の住民はその考えを支持する人が多い。つまり、以前とは違い中国的な「外王」が肯定される世の中になってきたのですが、現代の儒家はどういった動きを見せているのでしょうか。
【中島】近年の中国国内では、近代的な新儒家の系譜に属さない、ポスト近代とも言うべきより新しいタイプの儒家が登場しています。2008年に干春松(北京大学哲学部教授)が同時代の儒家の分類をおこなったのですが、そのなかではある種の「儒教原理主義」に近いような思想の存在が言及されています。
すなわち、近代的な民主制度は不十分なものであるとして、儒教に基づいた中国独自の政治体制の確立を求めたり、中国共産党を儒教化して儒教を国教化することを求めたりするような考えですね。これらは現在から15年近く前の思想傾向で、今ではやや勢いを失っていますが。