男性に潜む「稼がなければ捨てられる」強迫観念

ここから分かるのは、日本の男性は、欧米の男性と比べて、離婚と自殺の相関が異常に高すぎるということです。日本の男性に対して、よく「家族のために仕事をする大黒柱バイアスがある」として、それを「男らしさの呪縛」などといって非難する論説も見かけます。「男らしさから降りればいい」という人もいますが、「家族のために仕事をする大黒柱」であることを男らしさのひとつととらえるなら、男らしさから降りてしまうことは働かないということでもあり、それは離婚で家族を失うことにもつながりかねません。

つまり「男らしさから降りる」ということは「生きることをやめる」ということと等しいことかもしれず、安易に言うべき言葉ではないでしょう。

家族の大黒柱であることに生きがいを感じ、頑張る姿は別に否定されるものではありません。問題は、「金を稼いで家族を養うことだけが自分の社会的役割である」という歪んだ達成観念に陥ることです。言い換えれば「稼がなければ捨てられる」という強迫観念です。自分では「俺が家族を支えている」と認識しているかもしれませんが、実は「家族によって支えられているのはお父さん自身のほうだった」になっていないでしょうか。

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「離婚して寂しい」などというレベルではない

日本の男性だけが離婚と自殺の相関が高いことを裏付けるデータがもうひとつあります。男性が自殺する動機のトップは健康問題に次いで、経済・勤務問題が多いのは前述した通りですが、大分類ではなく、より詳細な動機別自殺理由を比較してみると(件数の多い健康問題と20代以上に関係の薄い学校問題を除く)、興味深いことが分かります。

生活苦や負債が多いのは予想できますが、実は「夫婦関係の不和」による自殺が、健康問題を除けば現役世代でも高齢世代でも2番目に多い理由になっています。妻との不和で夫は自殺してしまうのです。女性にはその傾向はありません。これはあまりメディアでも報道されない事実です。離婚率と自殺率の相関の高さはこんなところにも見てとれますし、日本の既婚男性がいかに妻唯一依存症にかかっているかが分かります。

誰か(この場合は妻や家族)を支えている自分という存在しか、自己の社会的役割や存在理由を感じられない男性は、その支える対象を失った瞬間に、自分自身も喪失してしまいます。離婚して寂しいなどというレベルの話ではなく、自己の存在そのものが消えてしまうのです。唯一依存の危険なところは、自分が依存している相手の評価でしか自分自身を感じられなくなることです。