世界に先駆けて大統領就任前に会談を実施

結果的に安倍前総理は、まだトランプ氏が当選者でしかなかった同年11月の段階で世界に先駆けて会見を実現することになります。

大統領就任前に会見するというのは、最終的には安倍前総理の決断ですが、従来の外交の常識でいえば、あり得ないことです。一種の大きな賭けだったわけですが、アンプレディクタビリティを克服する唯一の手段は、首脳同士の人間関係構築しかないと安倍前総理も我々も思っていたんです。

――その賭けの結果をどう評価しますか。

結局、大統領就任前の会談は非常に中身も濃く、良かったと思います。サシの話では、その多くの部分が安全保障に費やされたようです。

――トランプ政権の対北政策には安倍前総理の助言が影響したんでしょうか。

多分、最初の安倍・トランプ会談のときに、インド太平洋地域の安全保障の話は出ています。トランプ前大統領自身は、インド太平洋地域の安全保障環境にそんなに深い認識はなかったと思うんですが、安倍前総理は詳しく説明されたのでしょう。

安倍前総理はインド太平洋地域の「最も優れたブリーファー」だった

安倍前総理と非常に頻繁に会談する中で、トランプ前大統領はインド太平洋地域の安保問題に関心を強めたと思います。特に北朝鮮については、2017年2月、初の日米首脳会談で米国マール・ア・ラーゴに滞在中、SLBMを発射されている。トランプ前大統領就任後初めてのミサイル発射でしたが、そのとき既に安倍前総理を大統領へのブリーフィングに同席させるぐらいの信頼関係が形成されていました。一方トランプ前大統領にとっては、このような経験と知識の積み重ねが、最終的にシンガポールやハノイでの米朝交渉におけるぎりぎりの決断を助けたと思います。

北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)

――まるで、安倍前総理がトランプ前大統領のインド太平洋地域安保のアドバイザーみたいですね。

基本的に、当初インド太平洋地域にそれほど大きな関心はなかったと思うので、安倍前総理が最も優れたブリーファーだったことは間違いないと思います。

――安倍前総理のトランプ前大統領へのブリーフィングはどんな内容から始まったのですか。

日米安全保障条約は何のためにあるのかとか。かなり本質的かつ始原的部分から始まったと思います。何しろ在日米軍の駐留経費がもったいないから撤収だと言っていた人ですから。

――しかし、米国情報機関や側近らは情報の伝え方に困ったでしょうね。

聞くところによれば、トランプ前大統領がどういうリアクションをするかよく分からないので、難しい話だとホワイトハウス関係者から、安倍前総理側に「大統領にこう言ってもらえませんか」といった要望もあったやに聞いています。

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