食品工場を撮影し“手間”をアピール

さて、ここで終わらせたら、ラッキーでバズった、あるいは炎上しそうなところをうまく切り抜けた、ということだけで終わりだ。しかしこれは見方を変えれば思いがけない好機と言える。

うまく出来上がった「手間抜きナラティブ」を継続させ、冷凍食品のパーセプションを変え、餃子の売り上げアップにもつなげたい。それにSNSから始まった熱はすぐに冷めてしまう。ならばリソースを投入して、さらに仕掛けよう。やるならすぐ。

こうして「手間抜きナラティブ」はフェーズ2へと進んだ。このナラティブは「手間抜き」という言葉が響いた。次にやるべきは手間の可視化だ。公式アカウントでは「家庭で食事を作る人に代わって、従業員が手間と愛情を込めて作っている」とも発信している、ならば、これを可視化するのが、ナラティブを前に進める打ち手だろう。

それに一番効果がある方法は、工場でどれだけ手間をかけているかを、世の中に見せる「アンサー動画」を見せることだ。これを「手間抜き論争」のアンサーとして決着をつける。

撮影は9月。新型コロナウイルス感染防止策を徹底し、撮影クルーも入念にシミュレーションした上で、撮影に臨んだ。味の素冷凍食品の餃子はなんと、144もの工程を経て作られている。

キャベツを手作業で刻み、具材をこねて、研究を重ねた薄い皮に餡を包み、皮の弾力を高めるために蒸しあげる──これらの工程のひとつひとつを、キャプションのみで多くを語らずナレーションすらない、でも、高クオリティでスピード感ある1分15秒の映像に仕上げた。

尺が短いのは、ユーチューブ視聴を前提としているからだ。タレントが工場を見学する案も出たが、この動画で重要なのは「従業員があなたに代わって手間と愛情を込めて作っている」ことを可視化すること。

アンサー動画は1カ月弱で90万回も再生され

「手間抜きナラティブ」においては、味の素冷凍食品は登場人物の一人、物語の一部でしかないのだ。なので、動画の最後にはこうキャプションが入る。「最後の仕上げは、あなたのフライパンで」。

こうしてアンサー動画は約1カ月というスピードで制作され、「おいしい冷凍餃子の作り方~大きな台所篇~」というタイトルで10月初に公開、公式なプレスリリースを出し、企業としての姿勢表明を行った。

公式プレスリリースを出したのには理由がある。実はここに至るまで、企業として公式なアナウンスはしていなかったからだ。

リリースの内容は、8月からの一連の「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争に対しての企業としての驚き、反響への戸惑いとともに、料理をする人が「手作り信仰」に毒されている状況に対して疑問を呈することは社会的にも意義があると捉え、「手間抜き」動画を公開します、というものだ。

また、冷凍餃子の話題量アップを狙って冷凍餃子の喫食率が高いことを示すインフォグラフィックを、餃子専門家である塚田亮一氏と協力し製作したほか、スーパーなどの店頭でも、冷食利用を促進するようなPOPを製作するなど、プロモーションとの連動も行い、売り上げアップを図った。

動画の反響は大きく、1カ月弱で90万回再生を達成。“古い男性的”価値観を壊すものとして、ジェンダー論の専門家が味の素冷凍食品の発信を支持したほか、「手間抜きは合理的」だとして、勝間和代氏などの評論家もアクションを支持。

有識者やインフルエンサー、メディアに好意的に受け入れられた。「手間抜き」は合理的な考えの人たちだけでなく、ジェンダー論の文脈においても好意的に受け止められたと捉えていいだろう。