山陰の“最後の砦”としての責務を果たせるか
2020年3月、上田は鳥取大学医学部附属病院の救命救急センター教授に就任。とりだい病院の救急医療を立て直して欲しいという打診を受けたのだ。
「100人いたら99人やめとけ、絶対に上手くいかないって言われたでしょう」
上田は入局前、密かにとりだい病院を視察している。それも計5回、だ。
「まずナースがどんな感じで働いているのか、一生懸命業務に取り組んでいるのか。雰囲気で分かるじゃないですか。まず感じたのはポテンシャルはあるということ。吸収したいという欲求も感じた。伸びるという確信があった。声を掛けていただく機会というのは誰にでもあるわけではない。やってみようと」
まず手を付けたのは、治療方針の徹底だった。
「(治療)ガイドラインや(論文等の根拠あるデータである)エビデンスをベースにして治療する。それらを知った上で意見を言って欲しい。前の施設がこうだったから、とかそういうのはあかんと。そして、理屈が合っていればそこからずれてもいい」
そしてガイドライン等に則っていれば責任は自分が取ると言い切った。やがて、この病院の強みと弱みは表裏一体であると上田は考えるようになった。
「山陰では高次医療を行えるのはここだけ。最後の砦としての責務は重い。ただ、最後の砦という意味で、あぐらを掻いていた面も否めない。あと、すぐに自分たちは山陰だから、米子だからと口にする。でもそんなん関係ない。ネットも物流も発達している。地域のハンディキャップは実はなくなっている」
山陰という言い訳をして、限界を設けているのは自分たちではないのか。そういう言い訳はやめようと上田は言い続けることにした。その上で、こう宣言した。
ガチでとりだい病院の救急救命は全国でトップレベルを目指す、一、二年でそこまで持って行く、自分は本気だ、と——。
「ここにはドクターヘリもドクターカーもある。都市部に行かなくても、救命救急はここで勉強できる。都市部で働いていたぼくが言うんだから間違いない」
救急医療にはスーパースターなんかいらない
とりだい病院に赴任して一年が過ぎた。今、上田には確かな手応えを感じている。例えば、以前、人工心肺装置――ECMO(エクモ)は年に数回程度の使用だった。ECMO使用の必要がある患者に対して尻込みしてしまい、県境を越えて他病院に搬送したこともあった。現在、ECMOはほぼ毎月、稼働している。
「学会発表、論文がすごく増えているんです。自分がチェックするから出そうと言ったら、みんな書いてくるんです。なかなかそんな病院はないです」
自分が目を通す時間がないので待ってくれと頼んでいるんですよと、微笑んだ。
「山陰って、控えめな文化と関係あるのか、新しいことはやりたがらない。でも軌道に乗るとばーっとやってくれる。最近は本当に頼もしい。ぼくのお陰とかじゃなくて、もともとポテンシャルはあったんです。スポーツと同じでちょっとしたコーチングで人は伸びる」
上田が念頭に置いているのは、彼の愛するスポーツ、ラグビーである。
「ノックオン(というファール)をした人を怒るんじゃなくて、そのボールを拾ってサポートすることが大切。味方が失敗したら、なんで失敗すんねん、じゃなくて自分がカバーしようという組織が一番強い」
救急医療にはスーパースターなんかいらないんですよ、と付け加えた。上田の理想は、強いラグビーチームのように、アンサングヒーロー——“無名の英雄”の集まりなのだ。