天才IT大臣が生まれた経緯
蔡玉玲が入閣してまもなく、2014年3月に「太陽花(ヒマワリ)学生運動」が起きると、政治は混乱し、馬英九政権に対する国民の批判も日に日に大きくなっていった。そのあおりを食うかたちで、サービス貿易協定とは関係のない政策や法案も軒並みストップしてしまったのである。
そこで、ネット関連の法案整備を考えていた彼女が注目したのが、『オードリー・タン 日本人のためのデジタル未来学』で紹介した、ネット空間で意見を交換するコミュニティ「g0v」(ガブゼロ)だった。
蔡玉玲が言うには、「g0v」には素晴らしいシビックハッカー(市民プログラマー)たちがたくさん集まっている。しかもハッカーたちは、「鍵盤救国」(キーボードで国を救う)を合言葉に、社会や国に貢献したいという強い気持ちを持っていた。
蔡玉玲は、2014年末に行われた「g0v」主催のハッカソン(アイデアや成果を競い合う開発イベント)に、現職大臣として初めて参加した。
ここで彼女は、オンライン上に「vTaiwan」というプラットフォームを立ち上げ、誰もが――未成年であっても、外国人でも、国外にいても――これから制定する仮想世界関連法案について意見を表明できる環境をつくることを提案したのだ。
ちなみに、蔡玉玲の前に、中国語から台湾原住民の言葉まで調べられるオンライン辞典「萌典」(MoeDict)についてのプレゼンテーションを行ったのが、オードリーだったという。
市民ハッカーと政府の橋渡し役
オードリーも設立当初から「g0v」に参加しており、のちに「vTaiwan」プロジェクトの顧問として蔡玉玲と一緒に働くことになるのだが、無論、当時はそんなことなど知る由もなかった。
このハッカソンで提案されたアイデアは、シビックハッカーたちが「公益性がある」と判断すれば、即座にボランティアで実行に取りかかってくれることになっていた。蔡玉玲の「vTaiwan」構想は見事採用され、のちに政府とシビックハッカーが共同で推進するプロジェクトとして動き始める。
同時に、オードリーの才能に注目した蔡玉玲は、オードリーを行政院のリバースメンターに任命しようとした。リバースメンターとは、18歳から35歳の若者が自薦他薦で応募できる青年顧問団のようなもので、若者世代の政府への要望や提言を反映させるために設けられた制度だ。
ただ、このリバースメンターのルールが、オードリーは気に入らなかった。メンバーは、会議で話し合われたことなどについて、自分の意見を外部に公表してはいけないことになっていたのだ。なにかコメントしたい場合には、承認を得なければならないという。