台湾社会の柔軟なところは、学歴よりも能力があれば人材登用し、活用することだ。オードリーを政治の世界に引き込んだ蔡玉玲も本業は弁護士で、議員ではない。

蔡玉玲が言う。

「私がオードリーをはじめ、ハッカーたちから感銘を受けた言葉があります。それはハッカーたちがもっとも尊重していることは『公開・透明・協力』だということ。何事も公開することで信頼が生まれる。透明化することで議論が生まれる。協力し合うことで、ひとりではできないことが可能になる、というわけです」

価値観の共有が奏功した台湾のコロナ対策

蔡玉玲とオードリーたちシビックハッカーは、育ってきたバックグラウンドや経歴はまったく異なるが、「公開・透明・協力」を共通の価値観にして一緒に仕事をしてきた。これらの価値観は、そのまま新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾社会そのものだといえよう。

政府はあらゆる情報を公開し、正確に説明することで国民の不安を抑えた。そうやって醸成された信頼を基盤に、政府と国民が協力し合い、台湾は新型コロナウイルスの感染拡大を防いだのである。

2016年、蔡英文率いる民進党は総統選挙に勝利し、国民党から政権を奪取した。まもなく新政権発足という時期になって、新しい行政院長(首相に相当)に決まっている林全や国家発展委員会の主任委員(閣僚)に決まっている陳添枝が蔡玉玲のところにやってきて言った。

「前政権が進めてきたデジタルやネットに関する政策は、新政権になっても引き継いでいきたい。この分野について誰か適材を推薦してくれないか」

そこで蔡玉玲が推薦したのがオードリーだったのである。

“弱者”にも活躍の場を提供するのが政治の仕事

前述のように、仮想社会における法整備が政務委員の蔡玉玲らの主導で進められていた。そして「g0v」の協力で進められたネット上のプラットフォーム「vTaiwan」のプロジェクトをめぐり、蔡玉玲はオードリーらと連日のようにミーティングを開いたのである。

裁判官を経験し、現職の弁護士でもある蔡玉玲の頭のなかには「仮想世界のユーザーのためにつくる法律なのだから、彼らの考えを知らなければならない」という考えがあった。

それもまた「g0v」のハッカソンを通じてオンラインプラットフォーム「vTaiwan」の構想を進めようとしたもうひとつの理由だ。

蔡玉玲は、こう語る。

「台湾のシビックハッカーたちは、普段まったく姿を現しません。でも彼らは社会の片隅で、間違いなく生きている。なかには、学校が合わなくてオードリーのようにドロップアウトしたり、自分のやりたいことのためにわざと進学しなかった人もたくさんいます。彼らは学歴社会というモノサシで測れば“弱者”かもしれませんが、キーボードを使って社会や他の人たちのために役立ちたいという気持ちはきちんと持っている。そんな彼らに活躍の場を提供するのも、政治の仕事なのです」