観光農園用のさくらんぼを、ネット通販に切り替えて販売しようとすれば、収穫のための人手を集めなければならない。根気のいる作業をていねいに行う良質な人材を、コロナ禍によって人に移動が制限されるなかでどこから確保するか。
地域の温泉旅館スタッフの手を借りる
王将果樹園の代表の矢萩美智代表取締役は、この問題を、国内のコロナ感染がまだ少なかった3月の初旬ごろから、海外からのニュースなどを見ながら考えはじめていた。そして4月になり、首都圏などを対象に緊急事態宣言が行われる。この時点では、山形県は宣言の対象外だったのだが、観光農園へのキャンセルが相次ぐ。
危機感を強めた矢萩氏は思いを固め、DMC天童温泉に声をかけた。DMC天童温泉とは、同じ天童市内の温泉旅館などが共同で予約サイト運営や観光ツアー造成を行うために設立したマーケティング会社である。兼務で働くスタッフが2名という小さな組織だ。
王将果樹園は3年ほど前から、DMC天童温泉が手がけるツアーに協力し、通常とは異なる時間帯でのさくらんぼ狩りを受け入れるなどしていた。矢萩氏は、このDMC天童温泉の旅行事業課リーダーの鈴木誠人氏に、さくらんぼの収穫に旅館スタッフの手を借りることはできないかと持ちかけた。コロナ禍により観光農園だけではなく、温泉旅館も閑古鳥が鳴いている。手持ち無沙汰となった旅館スタッフの手を活用できないかと考えたのだ。
とはいえ旅館によっては、スタッフの兼業を禁止していることも少なくない。特例として経営者の了解を取りつける必要があった。
また、コロナ禍が拡大していくと、国の雇用調整助成金の特別措置によって旅館スタッフは、休業中も一定の給与は補償されることになった。それなら家にいる方がよいと考える人もいた。一方で家の外に出て、体を動かして何か仕事をしたいと考える人もいた。農園での収穫作業については3密の問題の心配はなく、呼びかけたところ、手を挙げてくれる旅館スタッフは少なくなかった。
王将果樹園が観光農園の休園を決めたのは、緊急事態宣言が全国に拡大された4月下旬だった。そして鈴木氏らによる声かけや調整によって、5月のなかばには、さくらんぼの収穫のための人手の確保が整っていった。緊急事態宣言下では大手企業でもオンライン・ストアのへの切り替え対応が間に合わずにパンク状態となる例もあったが、王将果樹園の動きは早かった。