王将果樹園で見える5つの原則の実例

王将果樹園において、5つの原則はどのように有効だったのだろうか。

コロナ禍を受けての販売ルートの切り替えにおいて王将果樹園は、新しいシステムを導入したり、新たなネットワークに頼ったりするのではなく、既存の自社の販売のシステムや顧客名簿、そして連携していたDMCとの関係を活用している(①手中の鳥の原則)。

そのためにリスクは小さく抑えられていた。手の内にあるシステムやネットワークを、大きな資金や労力を投入することなく活用する行動だったことが、躊躇ちゅうちょなく新しい取り組みを進めることにつながった(②許容可能な損失の原則)。

また。新たなパートナーシップを築くということは、行動をしながらの柔軟な目標の変更が各所で必要となる。DMC天童温泉は、温泉旅館の共同マーケティングを目的に設立された組織であり、地域の雇用マッチングを目的にしていたわけではない。この目的変更とともに旅館の兼業禁止の規則などについても、柔軟に見直しが行われている(③クレイジーキルトの原則)。

新しい行動をはじめると失敗が起きたり、想定外の問題に直面したりすることが避けがたい。優れた起業家はそのようなときに新たな価値を見いだすことで事態を乗り切る。旅館スタッフたちが参加してみると、果樹園でのさくらんぼの収穫には根気が必要で、モチベーションを保つのが大変な作業だった。彼らはこの体験を積むことで、宿泊客からさくらんぼ狩りのことを尋ねられたときに、経験者でなければ答えられない会話ができると考え、モチベーションの維持につなげていったという(④レモネードの原則)。

地域の観光コンテンツに通じておくことは、旅館の本業にも生きるのだ。想定外の苦難に直面したときに、そこに新たな価値を見いだしていくのも起業家的行動である。

一方で王将果樹園の矢萩氏は、日々の新たな情報のチェックをきちんと行っている。生じた変化を見つめ、この先はどうなるかとの考えを怠らなかったことから、新たな行動が生まれている。矢萩氏と鈴木氏たち天童市の人たちは3月の初旬には、海外の感染拡大のニュースなど踏まえて対策の検討と準備をはじめている(⑤飛行中のパイロットの原則)。

ビジネスの未来は、予測することができなくとも、つくることができる。このことはコロナ禍のもとにあっても変わらない。不確実性が高く、先の見通しが立たなくても、起業家的な行動を続けていけば、未来をたぐり寄せていくことができる。DMC天童温泉の鈴木氏は、旅館スタッフたちがフレキシブルな働き方を体験する新しい機会となったと考えている。「DMCがあってよかったと思ってもらえることがうれしい」(鈴木氏)と語る。

王将果樹園の矢萩氏も当初は不安でいっぱいであり、このようなかたちでさくらんぼシーズンを迎えることになるとは想像できなかったという。先が見えない毎日は苦しかったが、新鮮でわくわくしながら一日一日を過ごすことができたと振り返る。