「焦らず、ゆっくり」それが大事

私はそうした幼稚園での様子をお母さんから聞き、療育の先生にぜひ相談してみてくださいと助言しました。3歳児健診が終わってしまうと、そのあとの定期健診はもうありませんから、カッ君が風邪などで受診するたびに、私はカッ君の成長を聞かせてもらいました。

「お母さん、療育はどんな感じですか?」
「個別で療育してもらってかなり言葉がスムーズに出るようになりました。単語も増えましたし、文章にもなっています。でも、集団の療育が難しいんです」
「というと?」
「療育には、発達障害がかなり重い感じの子もたくさん来ているんですけど、そういう子たちって、すごく多動なんです。グループで療育を始めると、そこの子たちは座っていられなくて走って逃げてしまうんです。そうすると、座ってなくてもいいのかなと思うらしく、つられて立ち上がっちゃうんです」
「なるほど。難しいですね。発達を伸ばすためには、個別の療育も集団の療育も両方必要なんです。個別で言葉を増やし、集団でほかのお友だちとの間で言葉を使うことで、本当に伸びたと言えるんです。そうですか、みんな脱走しちゃうのかー」
「でも、焦らずゆっくりやろうと思っています」
「あ、お母さん、それ大事です。人間が成長していくのって大人でも子どもでもゆっくりですよ。一足飛びにはいきません。焦らないで……あきらめないで」

幼稚園で喧嘩することがなくなった

さらに時間が経ち、カッ君は5歳になっていました。就学時健診の時期が近づいていました。私の診察室ではほとんど喋らず、壁に貼ってあるポケモンの絵を眺めています。3歳の頃のように院内を走り回るということはありません。

「幼稚園の様子はどうですか?」
「お友だちと仲良くやっています。お友だちもたくさんいるんです。以前みたいに喧嘩したりしません」
「では、困っていることは?」
「そうですね……特にありませんね」
「言葉も普通に出るようになって?」
「ええ、ただ、やっぱり、その場の空気を読まないことを言うんです。ちょっと会話がかみ合わないみたいな?」
「そうなんですね」
「それと、幼稚園の先生と目を合わせるのが今でも苦手なんです」

そう言えば、カッ君はさっきから私の方を見ようとしません。我々の会話を聞きながら、ずっと絵を見ています。

「なるほど。でも困っているというほどではないということですね」
「はい。以前は、この子は特別支援学級とかに行くのかな……と思っていた時期もあったんですけど、今は通常級でも大丈夫と思っています」