幼稚園に入って言葉が増えるパターンもある

カッ君は看護師と一緒に診察室に戻ってきましたが、室内のいろいろなものを目がけては、「あああ」と声を出しながら走っていき、掲示物や玩具をバンバンと叩きます。

3歳くらいの男の子は、大なり小なりたいていは多動です。しかしカッ君はちょっとほかの子よりも多動に見えます。そしてやはり発語が私には不明瞭に聞こえ、その行動が何を表現しようとしているのかはっきりしませんでした。顔の表情も読み取りにくい印象でした。

「お母さん、1歳6カ月児健診では何も言われませんでしたか?」
「はい。特に問題ないって……」
「カッ君はちょっと発達に上手じゃない部分があるんじゃないでしょうか? お母さんとコミュニケーションを取れるとか、友だちと遊べるとか、こだわりがないとか、そういうお話を聞くと、自閉スペクトラム症とは言えないように思います。だけど、ちょっと言葉による意思の疎通が上手ではない気がするんです」
「ええ。でも、うちの主人も子どもの頃、言葉が遅かったそうです」
「それに対してどう対応したのですか?」
「幼稚園に入ったら言葉が増えたそうです」
「なるほど、よくあるパターンですね。うちの長女も幼稚園に入るまで全然喋らなかったんです」
「この子はこのあと、幼稚園のプレに入れる予定なんです」

プレとは、正式に幼稚園に入園する前の体験版みたいなものです。

「ああ、じゃあ、それに期待してもいいかもしれませんね」

現代の就学前の教室
写真=iStock.com/South_agency
※写真はイメージです

発達が上手じゃない子に発達を促す「療育」

「言葉が遅いと何か対策があるんですか?」
「療育という方法があります。療育とは、発達が上手じゃない子に対して発達を促し、自立して生活できるように援助をする取り組みです。療育の教室には、自閉スペクトラム症とはっきり診断された子も来ますし、言葉が苦手という程度の子も来ます。そういう施設で言葉の練習をするんです」

私はカッ君には発達障害の可能性が少しはあると思いましたが、専門施設を紹介するほどではないと判断しました。もう少し様子を見てもいいけれど、ただ様子を見るのではなく、療育を始めた方がいいと考えたのです。

療育の具体的な風景は、言葉の練習をしたり、動作のまねをしたり、生活のルールを学んだり、工作やお絵かきをしたり、グループでゲームをしたり、体をいっぱいに使った運動をしたりすることです。動画サイトで「発達障害 療育」と入力してみると、多数の療育風景を見ることができます。本書では、具体的な内容を4章以降で説明していきます。