しかしチェキで撮影すれば、データではなく紙の写真をその場で手にできる。これはパーティやイベントなどで、友人たちとの心地よい時間を切り取るのに活用したくなる特性である。さらにフィルム写真独特の風合いがあることに加えて、インスタントカメラだと気楽にパシャパシャ取り直すことは難しく、現像されるまで仕上がりはわからず、そして焼き増しはできない。ここから、「たった一枚だけの写真」という特別感が生まれる。
デジタル化のなかで簡単にいくらでも複製ができるようになったことで写真が失ってしまった味わいや感覚を、チェキは提供する。そこから生まれるオーセンティシティ(本物感)を楽しみながら、大切な時間を切り取り共有するコミュニケーション・ツールとして、チェキは活用されるようになっていた。
価値の変化に合わせてマーケティング・ミックスを切り替え
これを受けて富士フイルムは、チェキの販売店、プロモーション、製品バリエーションの見直しを進める。グローバルに展開するマーケティング・ミックスの戦略転換が始まった。風向きが変われば、これに合わせて帆の向きを変えなければ、推進力は生まれない。
この時点までのチェキは、カメラとして販売されていた。しかしチェキの新しいユーザーたちは、従前のカメラとは違う感覚でチェキを使用していた。そしてカメラ店は、こうしたチェキの新しいユーザーである女性たちが日常的に足を運ぶショップではない。この傾向は、日本以上に海外でより顕著だった。
そこで富士フイルムはチェキを雑貨として販売することにした。2012年には「世界で一番“カワイイ”インスタントカメラ」というキャッチコピーを打ち出した新モデルをリリースした。その新モデルの販路をカメラ店から、雑貨店へと広げた。技術面を訴求することが多いカメラ店と違い、雑貨店などでの陳列は、コミュニケーション・ツールとしてのチェキのアナログな本物感を訴求するのにも適していると判断したからである。
あわせて富士フイルムはチェキのポジショニングを見直し、グローバルに統一化された新しいブランド・アイデンティティのもとでのプロモーションを展開していく。本物感を伝えることがブランディングの重要課題となり、チェキの愛用者である女優、モデル、ブロガーを見つけて、プロモーションに参加してもらう手法が採用されるようになった。
製品についても、特別な時間を共有するためのコミュニケーション・ツールというチェキの新しいコンセプトに沿った派生製品の投入を進め、2014年からはチェキ・シリーズに「スマートフォン・プリンター」が新たに加わる。
スマートフォン・プリンターとはスマホで撮影した写真を気楽に印刷するための機器で、これをチェキ専用フィルムにプリントするのが「チェキプリンター」である。フィルム写真独特の風合いを楽しめることに加えて、2019年に発売した最新のチェキプリンターでは、専用アプリを使ってスマホで撮影した複数の顔写真の合成や、相性診断など、写真によるコミュニケーションを盛り上げる機能を充実させている。
チェキの海外販売比率は2002年ごろには1割にも満たなかったが、アジアを中心とした人気が欧米へも広がっていくなかで、海外での販売が9割を超えるブランドへと転じていく。チェキの販売台数は拡大を加速し、2018年の全世界での販売台数は1000万台を超えた。これは15年前の初期のヒットの10倍の数字である。