世界から賞賛を受けたメルケル首相の知恵と覚悟が詰まったメッセージ

さて、メルケル首相は、どんな人物なのだろうか。

アンゲラ・メルケル、1954年生まれ、65歳。西ドイツのハンブルグで生まれ、父が牧師だった関係で、東ドイツに移った。真面目で目立たぬ学生で、物理学者となった。ベルリンの壁が崩れたのを機会に、政治を志す。東西ドイツの統一後はキリスト教民主同盟(CDU)で活動。2000年から党首、2005年から首相を務めている。

東ドイツの体制のもとで育ち、自由を勝ち取った。冷戦からポスト冷戦への激動を、身をもって体験している。東の出身者が西側のリーダーになったのも、ユニークである。

これを踏まえて聴くと、スピーチの中盤のメルケル首相のつぎの言葉は、胸に響く。

《つぎのことは、はっきり言いたいと思います。私のように、旅行の自由、移動の自由をようやく権利として勝ち取った者にとっては、こうした制限は、絶対に必要な場合にしか正当化できないものです。こうした制限を、民主主義は軽はずみに決めてはならず、決めるとしても時限的でなければなりません。けれどもいま、命を救うために、こうした制限を避けることはできないのです》

「こうした制限」とは、政府が介入して、公共の生活を縮小すること。基本の社会インフラは確保しつつ、外出を制限すること。学校や幼稚園は休み、イベントは中止になり、商店も閉じた。憲法が保証している、人権の一部を制限することである。

安倍首相とは正反対「私たち全員が力を合わせることが必要です」

だが、政府はただ外出を制限する、と決めるだけではない。メルケル首相は続けて言う。

《政府は、企業と従業員が、この厳しい感染を乗り切るのを助けるため、必要なことを実行します》
《生活日用品の供給はつねに確保されるので、安心してください。ある日、棚が空っぽでも、すぐに元どおりになります。スーパーに行くひとは、買い置きはいいですが、ほどほどにしてください。やみくもな買いだめは意味がなく、思いやりのない行為です》

メルケル首相は、スーパーで買い物する人びとの気持ちをわかっていそうだ。その彼女から言われると、買いだめはいけないなあ、と思えるから効果がある。

政府にできることは限られています。みなさん一人ひとりの行動が大事です、とメルケル首相は呼びかける。

《何はともあれ、いま起こっていることを、真剣に受け止めてください。パニックになる必要はありません。が、自分ひとりぐらい関係ないやと、一瞬でも思わないことです。どうでもよいひとは、ひとりもいません。誰もが当事者です。私たち全員が力を合わせることが必要です》

スピーチは、こう結ばれる。

《この危機を、私たちは克服するでしょう。私はそう、確信します。でも、どれだけの犠牲が出るのでしょう。それは大部分、私たち自身の手のなかにあります。私たちは制限を受け入れ、互いに支えあうことができます》
《これは私たちが今まで、経験したことのないことです。それでも私たちは、心をこめ理性的にふるまって、命を救うことができます。このことを、私たち一人ひとりが問われているのです。あなたとあなたの大事な家族の健康を願います。ありがとう》