なぜ本題から入らない?
まず最初に腑に落ちないのは、なぜ〔1〕「医療従事者に感謝します」からスピーチを始めるのか、である。
この記者会見は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の緊急事態宣言をするから開いた。「このたび、緊急事態を宣言することにしました」と始まらなければならない。〔4〕「緊急事態宣言を七都府県に発します」を冒頭にもってくるべきだった。医療従事者に感謝したければ、あとで言えばよい。
これは私の想像だが、原案ではそうなっていたのを、「医療従事者に冒頭、まず感謝をしたほうが、印象がいいと思います」と誰かが言い出した。それもそうだということになった。その結果、スピーチの構成がガタガタになってしまった。
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医療について触れるのは、コロナ危機の全体像を説明したあとのほうがいい。そして、〔3〕「医療現場は危機的な状況です」→〔2〕「医療現場を守ります」→〔1〕「医療従事者に感謝します」の順番だと自然だ。
なぜコロナ危機の全体像を説明しない?
スピーチの全体を聞いても、コロナ危機がどういう事態で、政府が何をしようというのか、よくわからない。マスメディアの報道の切り貼りみたいな、散漫な印象を受ける。
これは、安倍首相のスピーチに限らない。たいていの政治家の発言もそうなのだ。(最近、一部の知事たちが、明確なメッセージを発するようになった。よいことだ。)
それでは添削を開始しよう「半分の長さでよい」
安倍首相のスピーチを、どう添削しようか。まず、短くしよう。半分の長さでよいと思う。あれもこれもと、詰め込むから長くなる。結局何を言いたいのか、はっきりさせ、それ以外の部分はカットする。段落の数が二〇あるが、少し減らす。
たとえば、〔4〕「緊急事態宣言を七都府県に発します」の段落には、こうある。
《本日は、この記者会見に尾身先生にも同席いただいておりますが、先ほど諮問委員会の御賛同も得ましたので、特別措置法第三二条に基づき、緊急事態宣言を発出することといたします。対象となる範囲は、関東の一都三県、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、関西の大阪府と兵庫県、そして九州の福岡県であります。最も感染者が多い東京都では、政府として今月中を目途に五輪関係施設を改修し、八〇〇名規模で軽症者を受け入れる施設を整備する予定です。今回の緊急事態宣言に伴い、必要があれば、ここに自衛隊などの医療スタッフを動員し、特別措置法四八条に基づく臨時の医療施設として活用することも可能であると考えています。》
「この記者会見に尾身先生にも同席……特別措置法第三二条に基づき」は、余計なのでカットする。「専門家の賛同を得た」とつけ加えるのは、責任逃れだと思われる。「最も感染者が多い東京都では……活用することも可能であると考えています」は、急に細かい話になっているうえ、なぜこの段落に入っているのかも不明。カットする。
すると、こうなる。
《本日、緊急事態を宣言します。その範囲は、関東では、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県。関西では、大阪府と兵庫県。九州の福岡県。合わせて七つの都府県です。》
言っていることはこれだけだから、簡単なほうがよい。言葉も時間も、公共のものだ。法的根拠をどうしても示したい場合は、つぎのようにつけ加える。
《この緊急事態宣言は、新型インフルエンザ等対策特別措置法の、第三二条にもとづくものです。さきほど、諮問委員会にも諮り、賛成をえました。》
もっともこういうことは、テレビ番組や新聞報道が必ず補足してくれるので、首相がわざわざ言わなくてもよい。