「同期でトップになったとして何の意味がある?」

すると神永は、予想もしていなかった言葉を口にした。

「お前が言ってる同期の達成とか昇格なんて、小さな話だよ。仮にお前が同期でトップになったとして、それがいったいマーケットの中で何の意味があるんだ? 大切なのはお前が100%、120%の力を出し切ったかどうかだ。その結果お前が成長できたのなら、たとえ数字は未達でも局にとってはプラスだ」

撮影=遠藤素子

そして、こう付け加えた。

「俺は要領が悪いから、やっぱり入社1年目は辛かった。でも、俺たちは人生を豊かにするためにこの会社に入ったんだから、数字が未達だからって自分はダメな人間だとか、価値のない人間だとか思うんじゃないぞ」

井本は神永の言葉を聞いて、自分が抱いていた劣等感がまったくムダな感情だったことを悟ったという。

「会社にはいろいろな上司がいますが、営業部門ですから数字が未達だったら怒るのが普通です。神永さんみたいなことを言う人は、ほとんどいませんね」

井本はこの日を境に、毎月の数字に一喜一憂することなく、自身の1年後、2年後の成長に目を向ける気持ちになれたという。その成果か否か、2年目の終わりには同期の中でもトップクラスのスピードで中間管理職への昇進を果たすことになったのである。

ゴールは人を動かすことであって怒ることじゃない

神永は「怒る」ことに関して、一家言を持っていた。

「この年になってカーネギーの『人を動かす』(D・カーネギー著 創元社刊)を再読してみると、得るものがたくさんあります。カーネギーが一貫して言っているのは、ゴールから視線をぶらすなということです。怒って人が動くなら怒ればいいけれど、ゴールは人を動かすことであって怒ること自体ではないだろうと……」

社長の藤田晋にも通じる神永の物腰の柔らかさ、温和さは、他者との比較から来る劣等感や自己卑下といったムダな感情は、抱かないし抱かせないという、合理性から来るのかもしれない。

不合理な目に山ほど遭ってきた筆者の世代から見ると、それは理想的な上司と部下の関係に思えるが、一方で、人間、合理性だけで本当に動くのか? という疑義がないわけではない。

トップ営業マンが思う「豊かな人生」とは

少々大げさな言い方をすれば、神永の人生哲学の底流には「仕事は人生を豊かにするためにある」という信念があるようだった。それを、日常の仕事の中で実践していることは、井本が証言してくれたと言っていい。では、神永が考える「豊かな人生」とは、具体的にどのようなものなのだろう。

「休日は昼から夜まで、妻とふたりでずっとだらだら飲んでますね(笑)」