「障がい者が働いています」とは前面に出さない

この日のランチは、糸井特製のオードブルにはじまり、スープをはさんで、メインは牛フィレ肉のステーキか、新鮮な海の幸の盛り合わせ。パティシエ手作りの特製デザート付きだ。ディナーは、勝手知ったる伊勢志摩から直送した伊勢海老を豪快にさばいた特製スープに、黒鮑など、特別な時を演出するひと皿が並ぶ。

運ばれてくる度に客が歓喜の声をあげ、口に運べばその美味しさにほほ笑む。

「ここはプロの働く場所、という意識でやってます。お金とってるんやし、お客さんに対して許されへん事があったら失礼です。だからこそ、うちは障がい者が働いてますよ、と前面には出してへん。お客さんが、いい目で見てくれてるかも知れんけど、それに甘えたらイカンと思うんです。開店から10年経って、みんな、日常業務は黙っててもやるようになりました。でも、これからはそれ以上の進歩を求めていかないと」

糸井の姉はもうすぐ80歳を迎える。今も、元気に作業所に通っているそうだ。同じ作業所で働く障害がある年下の男性にみそめられ、結婚も果たした。当初は心配もしたそうだが、もう何十年も家計をやりくりしながら、仲睦まじく暮らしているという。そして時折、職員みんなと共にほのぼの屋へやって来て、弟である糸井の料理を嬉しそうに食べるそうだ。その時の様子を、大好きな映画のワンシーンのように雄弁に語る糸井の表情こそが、今日一番嬉しそうに見えた。

彼らを支える職員の安定も考えねばならない

障害のある姉と共に歩み、今度はほのぼの屋に来て、障害がある仲間と共に歩み続けて来た糸井は、障がい者が働く事について、このように感じているという。

姫路まさのり『障がい者だからって、稼ぎがないと思うなよ。ソーシャルファームという希望』(新潮社)

「福祉、福祉言うけど、世の中はまだまだ100点満点で50点くらいちゃいますの? うちも表向きは就労支援。本当はここで訓練して、社会に出てほしいと思っています。でも、現実は違います。現に、表に出て行って帰って来る人もおるし。まだまだ受け入れ側が、そこまで態勢が追いついてない。色んな課題点、見えてきたね。支援してくれる人とか、一番しんどい思いしてる人に給料あげんとアカンわね。うちは恵まれている方ですよ」

障がい者もさることながら、健常スタッフである職員も、朝から深夜まで働く為には、情熱と献身性が無いと務まらない。利用者との触れ合いや共感、生きる力を間近に感じられる仕事は、この上ない喜びも生む。しかし、介護業界のように、やりがいを押し付け過ぎるあまり、労働条件がブラックになっていないだろうか? 働き続けるだけが精一杯という状況の中、糸井が述べるように、作業所運営の要である、職員自身の将来への不安も、考えねばならない課題である。

糸井はほのぼの屋の未来について、こう求めた。

「続けていってほしい、それだけ。続ける事に必ず意義がある。障がい者はどの場所でも、どの区域でも絶対におられるわけやから、働く場を提供するという意味では、売り上げとか色んな条件が必要やけど、やっぱり持続させていかんと。まだまだ、ここで働きたい人はいるやろし、いつの時代も、どこ行っても障害を持った人は一杯いるんやから、続けていってほしい」

糸井が何度も何度も「続けていってほしい」と、繰り返し発した言葉は、店内にこだまして反復され、1つの願いの矢として、世の中に放たれていくようだった。

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