その実績を聞けば、抜群の営業スキルがあることは想像できる。若い時期によほど高度な営業教育を受けたのかと思えば、そうではないという。むしろ、独学だ。

セールスの教育は受けたことがありません

「大学卒業後に就職したのはゴルフ場の運営会社でした。フロント業務やキャディーの仕事で接客には慣れていたものの、営業マンではありませんからセールスの教育は受けたことがありません。オープンハウスに入社してからも、業務の基礎を簡単に教わった程度で、すぐ現場へ出されました」

同社の販売スタイルは、住宅物件がある街へ出て、道ゆく人たちに声をかけるのが基本。駅前などで「こんにちは。この近所で住宅をご紹介しているのですけど、いまお時間ありますか?」と呼び止められたことはないだろうか。あのスタイルだ。

石井さんは、自分で試行錯誤するなかでスキルを高めていった。その中心にあるのが質問力&傾聴力だ。

道ゆく人に声をかけ、住宅購入を検討してもらうには、短時間で信頼関係を築き、住まいと暮らしについてのニーズを聞き出すことが重要になる。経験がない者にはかなり高いハードルに見えるが、石井さんはどのようにアプローチしているのだろうか。

「最初のコンタクトで心がけることはいくつかありますが、一番は“馬鹿になる”です。馬鹿げたことを言って笑わせる、という意味ではありません。自分はお客さまのことを何も知らないのだから、謙虚な気持ちでそれぞれのご事情を聞かせていただく。こちらは不動産のプロだからいろいろ教えてやると、見下す態度はもってのほかです」

たしかに情報を持っているのをいいことに“上から目線”で接客する不動産業者はいる。石井さんの接客マインドと比較すれば、「自分はプロだ」というプライドが墓穴を掘っているようなものだ。

「お客さまのためにいつでも汗をかく人間だとわかってもらいたいんです。上から目線で意見を言うのではなく、一緒に考えていきましょうとお客さま目線に合わせる。実際に汗をかいて、年上のお客さまなら『こいつ、一生懸命でかわいいやつだ』と思ってもらえると、信頼関係ができて、本音を聞かせてもらえるようになります」

石井さんがいう“馬鹿になる”は、信頼関係の構築に欠かせないマインドの表明であることがわかる。

初対面の相手でも「近くにお住まいですか?」「いまお仕事中ですか?」など、イエスかノーで答えられる質問を5つほどつづけると、少しほぐれてくるという。そこから「いまお住まいのところは賃貸ですか?」と核心に入っていくのだ。