「ファミリー」で済む時代ではなくなった
こうした事務所と芸人の「関係」は100年にわたる吉本興業の歴史の中で生まれてきたものに違いない。昔は文字の読めない芸人もおり、紙の契約など他人行儀と見てきたのだろう。だから、会見で岡本社長の口からは「ファミリー」「家族」という言葉が何度も飛び出した。
だが、時代は大きく変わっている。
7月24日に公正取引委員会が開いた定例記者会見で記者から契約書を交わしていない点について問われた山田昭典事務総長はこう答えた。
「契約書面が存在しないということは、競争政策の観点から問題がある」
実は、公正取引委員会は有識者会議を開いて芸人などの「個人事業主」と発注側企業の関係について2018年2月に報告書を公表している。「人材と競争政策に関する検討会報告書」がそれだ。
その中で、「発注者が役務提供者に対して業務の発注を全て口頭で行うこと、又は発注時に具体的な取引条件を明らかにしないことは、発注内容や取引条件等が明確でないままに役務提供者が業務を遂行することになり」「代金の支払遅延,代金の減額要請及び成果物の受領拒否、著しく低い対価での取引要請、成果物に係る権利等の一方的取扱い」といった行為を「誘発する原因とも考えられる」としていた。
法的に問題の多い「口頭契約」を続けるリスク
実際、ここ10年ほどの間に「下請法」が改正され、親事業者が個人事業主に役務提供委託する際には、下請法3条に定める書面を発行する義務がある。
いわゆる「3条書面」と呼ばれるもので、発注する業務内容や金額、支払期日などが記載される。吉本興業と芸人の会計でもこの下請法が適用されるが、芸能事務所が主催するイベントへの出演を個人事業主に委託する場合は、「自ら用いる役務の委託」に該当して3条書面を交付する義務が発生しないとされる。これがテレビなどに芸人を出演させる場合などにも適用されるのか、微妙なところだとされる。
一般の人には関係のない話と思われるかもしれない。だが、フリーランスで仕事をする人の増加や、「副業・複業」の解禁などで、いわゆる「個人事業主」として仕事を請け負うケースが急増している。吉本興業の芸人のような「立場」に立たされる働き手が増えているのだ。
こうしたフリーランスへの仕事の委託に関して今でも「口約束」や事前に条件を示さないで依頼するケースがままある。だが、こうした行動は、大企業はもとより、一定以上の規模の会社にとってはコンプライアンス上、重要な事項になっている。つまり、6000人ものタレントを擁しているかつては上場企業だった吉本興業が、法律的にも問題が多い「口頭契約」を続けていることは大きなリスクなのだ。