手中の鳥の原則:経験による知識から難しさも見通せた

まず吉田氏は、それぞれの時点において自身の有していた知識やネットワークを巧みに活用している。ないものをねだっても、局面は開かない。自身が有するリソースを使うのだ。

吉田氏は一度目の起業には失敗したとはいえ、そこにいたるまでの経験から多くの知識と人脈を得ていた。先の田島氏からの情報も、こうした人脈があればこその話であり、加えて吉田氏はそれまで経験から、その事業化の可能性だけではなく、難しさも見通せた。

クラウドワークスの開業にあたって、吉田氏には何が見えたか。クラウドソーシング事業を本格的に手がける企業はこの当時の日本には存在せず、したがってその市場はなく、利用者情報も存在しない。可能だったのは、当時の日本の取引慣行を基に推測を行うアプローチ、要するに「皮算用」である。

吉田氏は、クラウドソーシングの市場を日本で一気に拡大するには、大企業や官公庁などからの発注を広げていく必要があるとにらんだ。しかし、2010年代初頭の日本では、こうした大組織は直接個人への業務の委託は行わないのが通常だった。吉田氏はそれまでのビジネス経験から、個人が大組織の発注を受けるには、すでに当の大企業と取引実績をもつ別の会社を通すことを求められることが少なくないことを知っていた。

ここで時代遅れの取引慣行を嘆くだけでは、クラウドソーシングの事業は広がらない。この課題を吉田氏は見抜くことができた。

許容可能な損失の原則:赤字覚悟で官公庁の仕事を受けた深謀

では、どうしたか。

吉田氏が以前に営業職として働いた会社のひとつは、国際見本市などの企画や運営などを行う会社だった。新しい見本市を開催する際には、重要カテゴリごとに有力企業を洗い出し、そこに重点的にアプローチしていた。有力企業の1社の出展が決まると、他の企業も興味を示しはじめるという体験をした。

吉田氏は、この経験をクラウドワークスの立ち上げに応用した。中央官庁や各業界の有力企業がクラウドワークスを利用して、直接個人への発注を行っているという報道が繰り返されれば、他の企業が取引慣行を見直すうえでの安心材料となると考えたのである。

そんなある日、吉田氏は、あるコンサルティング会社から相談を受けた。「官公庁の仕事があるが、予算が合わない。個人の力を使ってなんとかならないか」という内容だった。

こうした相談が舞い込んでくるのも、頓挫したとはいえ一度目の起業を果たしていた吉田氏のリソースである。これを吉田氏は活用した。クラウドワークスのプラットフォームを使って一肌脱ぎ、赤字覚悟で受注を行ったのである。受注の条件は、「中央官庁が個人の力を活用した」というプレスリリースに協力してもらうことだった。

さらに民間企業との間でも、子育てママや、シニアなどへのお仕事紹介の事業を共同で手がける提携を進めていった。これらが、新聞や雑誌などのメディアで次々に取り上げられることになった。

このようなプロモーションは、クラウドワークスにとっては、すでに構築したプラットフォームを活用するだけのことであり、赤字とはいっても大きな損失とはならない。小さな負担で大きな効果を引き出す取り組みだった。大胆なようで意外に渋いやり方だ。