【佐藤】外交の観点から言えば、例えば、慰安婦問題に関する日韓合意では、1965年に結んだ日韓基本条約で国家賠償は処理済みとされています。にもかかわらず、韓国は賠償問題を蒸し返してくる。
ときに私が指導している学生たちも、そうした議論で、「処理済みなのだから、韓国にこれ以上の賠償金を払うのはおかしい」と言うことがあります。そんなときに、私はこう言います。「じゃあ、君のパソコンに保証期限があるとして、保証期限が1日過ぎただけで直してくれないところと、保証期限が切れているのに直してくれるところのどちらがいいか。もし保証期限が1カ月くらい切れていても、町の電器店なら融通してくれるだろう。そうしたら次に電気製品を買うときに、多少価格は高くても、量販店ではなく、町の電器店で買うはずだよ」と。
外交の世界も一緒です。法的に義務がないというのは、禁止されていることではない。日本に法的な義務はないとしても、韓国との政治的、道義的関係において、慰安婦問題で政府がお金を出すことに何の問題もない。国際法もこれを禁じていない。だから、補償してはいけないという禁止条項はない。こういう話をすると、わかる学生にはわかるのです。
【菊澤】なるほど。面白いですね。
【佐藤】感化力を高める訓練として、まず小説を読めと私は学生に言っています。例えば、小説で恋愛や犯罪の内在的論理を知ることで、人間に対する洞察力を鍛えることができるからです。
そして、もう1つが映画です。悪について理解する場合、言葉から悪が生まれるというのが、キリスト教の非常に重要な考えなのですが、宗教映画を見せても面白くない。そのときは井口奈己監督の『人のセックスを笑うな』を見せるようにしています。すると、言葉から悪が生まれることが実際にわかるんです。
【菊澤】昔、柳田国男が、講演でお化けの話をしたとき、「お化けなどいるんですか」と問われて、がっかりしたと言います。そんなこと、とっくの昔に結論がでており、問題はそこではなく、なぜ日本人がそういうものを長く伝えてきたのか。その深い部分が興味深いのであって、科学的であるかないかという議論ではないのです。見えないものを見ようとする。そうした力が、日本の将来のリーダーには必要だと考えています。
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
菊澤研宗(きくざわ・けんしゅう)
慶應義塾大学教授
慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。防衛大学校教授などを経て現職。専門は組織の経済学、戦略の経済学、比較コーポレート・ガバナンス論。