5月29日、航空自衛隊のブルーインパルス6機が東京上空で「医療従事者などへの感謝飛行」を実施した。この飛行は話題になり、SNSには写真があふれた。だがドイツ現代史研究者の柳原伸洋氏は「航空ショーが持つ、人の心を奪う独特の魅力には乏しかった。だからこそ、だれが心を奪おうとしたのか、注目すべきだろう」という——。
サプライズ・イベントだった約20分の飛行
2020年5月29日金曜日の12時40分ごろから約20分間、航空自衛隊のブルーインパルス6機が東京の上空を飛行した。目的は「新型コロナウイルス感染症へ対応中の医療従事者等に対する敬意、感謝を示すため」だった。この告知は前日、飛行ルートは当日発表であり、いわばサプライズ・イベントだった。
さて、2020年7月下旬時点で「ブルーインパルス」を覚えている方はどれほどいるだろうか。しかし逆に、時間がたち忘却に向かっているからこそ、落ち着いて「あの出来事はなんだったか」を考えることができる。これは、事後に出来事を考え、出来事を通じた思考を獲得できる歴史研究の利点でもある。ここでは、ブルーインパルスが再び飛ぶかもしれない空の見方を提供したい。
私はこの日の午前11時ちょうど、ツイッターに以下の投稿をした。
空に関わる歴史を研究している立場からいうと、ブルーインパルスの「航空ショー」には、「スペクタクル性」があって人の心を惹きつける効果がある。人の視線(感覚)を一手に引きつける。これはナチ時代のシュペーアの光のドームもそうだが、感覚の動員として過去から繰り返されている。
— noby (@nob_de) May 29, 2020
こう記した通り、私はこのとき、ブルーインパルスの飛行は、航空機の音響と視線の集中を用いた「感覚の動員」だと考えていた。しかし当然といえば当然だったのだが、東京のごくかぎられた範囲で、しかも飛行ルートの多くは高層ビル地帯であり、実際のところはスペクタクルのもつ壮観さの乏しい「奇妙な展示飛行」となった。過去のブルーインパルスの展示飛行を検索していただければ、この違いは一目瞭然だろう。この自身の読みの甘さについては反省した。しかし、「感覚の動員」の観点から、この飛行を読み解く重要性が揺らぎはしない。