しかし、ファインワインの生産者たちは、生産方法の近代化によって、この欠点を克服したり、取り除いたりすることとは別の道を選択してきた。近代的な生産管理の原則からすれば、失敗の放置といってもよい。しかし生産上の失敗を、あえて克服しようとしなかった結果として、年によって異なる味わい、あるいは多様な個性を楽しむという、ワイン独特の消費のスタイルが生まれている。

ファインワインは、人気が出たからといって、同じ商品を大量に安定供給できるわけではない。一方でファインワインには瓶のなかでも熟成が進み、保存年数が長いという特徴がある。そのためにファインワインでは、年号物(ヴィンテージ)の価値が高まりやすく、長く保持していると高値での販売が可能になったりする。

ユーモアで対応できれば失敗は成功に変わる

さらにワインの独特の消費のスタイルは、近代的な生産管理から見たときの失敗を逆手にとることから生まれている。このような領域では、伝統的な小規模事業者が、大資本の傘下に入らずに、付加価値の高い事業を独立して行っていくことが可能になる。

こうした競争戦略上の各種の利点に加えて、冒頭の事例で述べたように失敗は話題になりやすい。10分どん兵衛のように、自社の事業にとっての致命傷となる失敗でなければ、ユーモラスに対応することで話題を広げ、認知を高めていくことができる。そこでは、失敗を一律に避けるのではなく、それが他者にどのように受けとめられるかの判断力が重要となる。

一般にマーケティングの目的は、売り上げの拡大や、利益の増大である。そして企業は、その実現のための下位目的として、安定したスムーズな供給や、使用方法の理解の普及などの達成を目指す。本稿では、こうした目的の達成がかなわなかった失敗事例を紹介した。

しかし、こうした失敗も、稼ぎ方の組み立てを変えることで、大きな収益源に転じることがある。競争企業が注目しておらず、話題になりやすいことも、失敗の利点だといえる。失敗を恐れてはならない。

栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『デジタル・ワークシフト』、『マーケティング・コンセプトを問い直す』、などがある。
(画像提供=日清食品)
関連記事
「安いレクサス」を誰も欲しがらない理由
セブンが勝てない「最強コンビニ」の秘密
サントリー山崎が1本3250万円もするワケ
串カツ田中より鳥貴族が客に愛される理由
少子化でも"プラレール"が過去最高の理由