しかし、現実には政府が全てのルールを有効な形で作ることはできず、現場をよく知る個別労使が自主的にルールを決めることがやはり望ましい。政府の過剰な介入は民間を委縮させ、現場ではルールのためのルールが増えていき、自主性が失われる。ならば、経済活動が複雑化し、変化のスピードも加速するなか、集団的労使関係に基づく労使自治の考え方は時代遅れであり、あくまで個人と企業が個別契約で労働条件を決め、問題があれば裁判で白黒をはっきりさせればよい、という考え方もあろう。

だが、それは日本企業の良さを無くしていくことになる。労使の長期的関係のもとでの相互信頼をベースにした風通しの良い職場が、相互不信がはびこるギスギスした職場になっていく。そうした職場では協力し合う文化は廃れ、前向きでイノベーティブな活動も生まれてこなくなるだろう。

つまり、労使自治が機能しなくなっているので国家介入を強めようというわけであるが、それではルールの硬直化を生んで、企業活動や働き方にかえってマイナスになる恐れがあるという、ディレンマの状態に陥っているのである。ではどうすればよいか。筆者は、ドイツのワークスカウンシル(事業所委員会)という仕組みにブレークスルーがあると考えている。

1952年に始まったドイツの「ワークスカウンシル」

ドイツのワークスカウンシルとは、同国におけるいわゆる従業員代表制度で、労働組合とは別の独立した法主体であり、その骨子は1952年の事業所組織法の制定に依拠している(※1)。基本的には事業所ごとに設置され、当該事業所内の労働条件の決定にあたり、同意権としての共同決定権が与えられている。

労働組合との違いは、労組が労働争議の権利が与えられているのに対し、ワークスカウンシルは使用者との相互協力により事業所内における共同の利益を増進させる関係を前提に、紛争解決の手段としての争議行為が禁止されていることである。運営費用が全額使用者負担となっているのも特徴である。

その委員は、事業所の全従業員による選挙という民主的プロセスによって選出され、具体的な手続きは法的に細かく規定されている。委員の数は、選挙権を有する労働者数5~20人に1人、21~50人に3人……と、段階的に増加して行き、200人を超える事業所においては、労働義務を完全に免除される専従委員が設置される。選挙権は当該事業所内における18歳以上のすべての労働者で、当該事業所へ3カ月以上派遣されている派遣労働者にも認められている。被選挙権は、当該事業所で6カ月以上勤務しているすべての労働者である。

(※1)以下は、労働政策研究・研修機構(2015)『企業・事業所レベルにおける集団的労使関係システム(ドイツ編)』、ベルント・ヴァース(2013)「ドイツにおける企業レベルの従業員代表制度」『日本労働研究雑誌』No.630、そのほかフランクフルト・ゲーテ大学のSebastian Beckerle氏へのヒアリングに基づく。