名店を訪れて、自分の舌で本物を味わう

日本企業が絶好調だった80年代、何社ものトップと世界を回ったが、昼間の交渉よりも夜のディナーのほうが冴えてくる経営者はほとんどいなかった。私が話を振らないと話題1つ出てこない。カラオケ、麻雀、ゴルフが日本のビジネスマンの教養と言われた時代もあったが、グローバルではまったく通じない。トランプ大統領のように教養のないアメリカ人はゴルフ好きが多いから話題になることもあるが、ヨーロッパ大陸ではゴルフをやるビジネスマンは非常に少ない。ゴルフ談議が通じるのはイギリス、アイルランド、スコットランドぐらいだろう。

やはり一番無難なのは音楽、それもクラシックだし、自分の体験を踏まえた地理やグルメのほうがアイスメルティングな教養としては確実に役立つ。アートについては、「誰の絵画が好き」といった議論はあまり自分の会話では覚えがないが、地理の延長線上で「ここの美術館に行ってみた」という話題は悪くない。たとえば「シカゴは退屈な街」なんて話題になったときに「アートインスティテュート(シカゴ美術館)には行ったかい? あそこの印象派のコレクションは世界一だ」といった話に広がる。ちなみに私は旅先に美術館があれば、必ず立ち寄っている。

教養というと生まれや育ちの比重が大きいように思われがちだが、仕事をするようになってからでも時間の使い方次第で教養を深めることはできる。土日にゴルフばかりやっているようでは教養ゼロだ。やはり実地の経験が大切で、グルメ誌を読むだけでは食の教養は身につかない。自分の足で名店を訪れて、自分の舌で本物を味わってみることだ。

私はアメリカを400回、ヨーロッパを200回訪れているが、出張のふりをして自分が行きたいところを必ずチェックして、そこを訪れる。アムステルダムで会議があればレンブラントハイス美術館に足を運んだり、ハンブルクに行けばブラームス博物館を訪ねたり。レストランなどのグルメスポットもそうだ。そうしたプラスアルファの積み重ねが教養につながる。語学やプログラミング言語など、学ばなければいけないことが山ほどあって、若いうちはそっちを優先せざるをえないだろう。だが、会社や組織での地位が上に行けば行くほど、国際的な舞台で仕事をすればするほど、教養を含めた人間の総合力が問われ、大きな力を発揮する。そういう認識を持っておくことはビジネスマンにとって大切だと思う。

(構成=小川 剛 撮影=市来朋久 写真=AFLO)
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