我が家でブラームスの三重奏を演奏する

【大前】日本で生活するようになって国立劇場で江戸囃子を聞いたら、「あっちのほうがいい」と言い出してオーボエから篠笛に変わっちゃった。

能管(能や歌舞伎の囃子に用いられる管楽器)や龍笛(雅楽で用いられる管楽器)をやって藤舎名生(日本の横笛演奏家)という人の弟子にもなって藤舎露生という名取りです。今は中国の竹の笛(簫=XIAO)を習ってますよ。

【樫本】すごい。いろいろな楽器ができるんですね。

【大前】リコーダーも習いましたから。オランダのフランス・ブリュッヘンという世界的なリコーダー奏者の弟子が日本にいて、妻も私も習った。でも、リコーダーの演奏会ではお客さんが集まらない(笑)。

【樫本】それはちょっと難しいかもしれませんね。曲がそんなにいっぱいあるのかな。

【大前】いっぱいありますね。バロック時代のものなら本当にいっぱいある。デンマークの天才リコーダー少女と言われたミカラ・ペトリを我々もよく知っていて、来日中はウチにも泊まりにきてくれるんです。一緒に演奏したりしてね。我が家に50人くらい入るコンサートホールがありまして。

【樫本】すごいなあ。

【大前】コンサートホールがないと人が来てくれない(笑)。素人なのでチケットを売って人前でやるのとは全然レベルが違いますから、ウチでご飯をごちそうするくらいしてイーハン、リャンハンつけないと(笑)。麻雀用語ですけど、そのくらいしないと来てくれない。ブラームスの三重奏くらいは、そこでできますよ。

一通りのレパートリーを弾くのに10年はかかる

【大前】この一年くらいベルリン・フィルを見ていて思うのは、最近ではシェーンベルク(アルノルト・シェーンベルク オーストリアの作曲家、指揮者。十二音技法の創始者)とか、結構アグレッシブに選曲しますよね。よく皆ついていけるなと思ってね。

【樫本】レパートリーは広いですね、やっぱり。一通りのレパートリーを弾くのに10年はかかると言われたこともあります。僕がまだ弾いたことがない曲もある。ただ、オーケストラ自体が128人いて、皆が乗っているわけではないですから。

【大前】分ける。分業する。

【樫本】分けるというか、乗り番(演奏会で奏者として参加する曲目)と降り番(奏者として参加しない曲目)があって、曲目で編成が変わってくるので。降り番休暇もよくあります。日本やアメリカのオケと違って、休みが多いです、ドイツは。

【大前】そうなんですか。だからバックアップというか……。

【樫本】誰かが病気になったら、誰か違う人が。

【大前】クラなんかも代わってますよね。そういう厚みがあるからレパートリーも広げられるわけだな。でも、たとえば私はニールセン(カール・ニールセン デンマークの作曲家)が好きなんだけど、あんまりやってない。

【樫本】ニールセンはあまりやってないですね。

【大前】ちょっとデンマークを馬鹿にしているんじゃない?

【樫本】いや(笑)、近いから。ではなく、サイモン(サイモン・ラトル ベルリンフィルの首席指揮者兼芸術監督)さんが、そんなにやらない作曲家なんです。ニールセンは。

【大前】なるほど。

【樫本】なぜかはわからない。シベリウス(ジャン・シベリウス フィンランドの作曲家)はやるんですが。

ベルリンは基本的には音楽が好きな人たちが多い

【大前】グリーグ(エドヴァルド・グリーグ ノルウェーの作曲家)もあまりやらない。

【樫本】チャイコフスキーもやらないです。

【大前】我々が聴いたことがないようなレパートリーがある割には、その辺が少ない。

【樫本】そうですね。結構メジャーな曲をあまりやらないというのはありますね。日本のオーケストラはブラームスのシンフォニーやベートーヴェンのメジャーなシンフォニーを毎年やるじゃないですか。

【大前】そう。

【樫本】そういうのが、僕らはないんです。僕、ベートーヴェンの5番(交響曲第5番「運命」)、まだ弾いたことがない。ブラームスも、4つの交響曲のうち、3つしか弾いていないんです。

【大前】しかも1番と4番じゃなくて、2番をやったりね(笑)。

【樫本】そうそうそう。そうなんです。

【大前】日本は2番、3番は滅多にやらない。

【樫本】ですよね。もったいない。

【大前】マーラーでも……。

【樫本】1番、9番、5番ですか。

【大前】そう。ところがベルリン・フィルだと……。

【樫本】4番、6番、7番、8番もやりますしね。

【大前】だけど、よく客がついてくるよね。ベルリン・フィルだからしょうがないって感じなのかな。

【樫本】昔からそういう歴史なので。やっぱり、それはちゃんとついてきてくれますね。

【大前】あれでチケットが売れるのが不思議だなと思っているんですけど(笑)。

【樫本】チケットは一応どうにか。ベルリンは基本的に音楽が好きな人たちが多いので。文化人が多いですからね。

【大前】でも、終わったときに拍手できないで固まったままのお客さんも見かける。実は曲を知らない人も結構いるんだよな(笑)。

【樫本】(笑)。それもあります。ツーリストも来ますから。

【大前】第一楽章が終わると拍手しちゃう。

【樫本】大体ツーリストですね(笑)