基幹部品を自社開発したから成功した

このコメントに筆者は、平井氏独特のレトリックを見る。

素直に考えれば考えるほど、基幹部品を外部調達すればテレビの違いを追求するのはそれほど簡単ではない。供給元も同種の製品、つまり競合品を開発し市場投入する場合、その供給元が打ち出してくる製品を凌駕しようとするそのハードルはさらに高くなる。

乱暴な議論を許していただければ、ソニーは基幹部品を自社開発製造することによって"違い"を追求してきた。その成功体験も枚挙にいとまがない。たとえば、テレビの例を挙げれば、1968年に完成した「トリニトロン」だ。これはソニー独創のカラーブラウン管で、ソニーの創業者の一人で、くだんの設立趣意書を書いた井深大が、あまりの開発費負担にソニー自体が音を上げそうになったとき、私財を投げ打つ覚悟すら示してこだわった画期的な製品だった。この「トリニトロン」は大ヒットし、ソニーが小型の音響機器メーカーから映像機器も手がけるエレクトロニクス・メーカーに発展する礎になった。

実は、1979年に発売された「ウォークマン」もまた、トリニトロン同様、基幹部品の自社開発によって成功した製品だ。一般的には携帯型のテープレコーダーの機能に創意工夫を施したことによってヒットした製品と解釈されている。しかし、実際には性能・機能面で画期的な技術開発が行われていた。具体的には、3V(乾電池2本。それまでは6V、乾電池4本必要だった)で動く駆動用モーターと集積回路を独自開発・製造したことで成立した製品だった。この事実はあまり語られてこなかった。

この画期的な技術に支えられていたため、他社が簡単に対抗できず、おかげでウォークマンは発売から2年間ほど、独走状態が続いたのだった。さらにこのときステレオヘッドホン用ミニジャック・ミニプラグも初めてウォークマンのために開発している。これがそのままで世界の業界標準になり、その後のポータブルオーディオの発展に貢献し現在まで続いている。こうした事実も、あまり語られることはなかった。

つまりソニーは違いを追求するために、本質的な基幹部品の開発に取り組んできた企業だったのだ。そして、それこそが井深の記した「設立趣意書」に込められた思いだったのではないか。