成功するベンチャー企業にはどんな共通点があるのか。ベンチャーキャピタリスト古我知史さんは「共同創業者の存在は重要だ。グローバル企業となったソニーもホンダも、2人の経営者が会社を大きくしていった」という。新刊『いずれ起業したいな、と思っているきみに 17歳からのスタートアップの授業 アントレプレナー列伝』(BOW BOOKS)より、一部を紹介する――。(第4回/全4回)

成功しているベンチャーの創業者は2人いる

井深大 Ibuka Masaru
1908~1997 栃木県生まれ。ソニー共同創業者。早稲田大学在学中に「動くネオン」を開発し,パリ万国博覧会で優秀発明賞を受賞。1946年、戦時下に出会った盛田昭夫を引き入れ、東京通信工業(後のソニー)を設立。テープレコーダー、トランジスタラジオの開発をはじめ、ウォークマン、携帯用8ミリビデオテープレコーダーなどの大ヒット商品を送り出し、日本のみならず世界の音響機器、家電機器分野を常にリードした。


盛田昭夫 Morita Akio
1921~1999 愛知県生まれ。ソニー共同創業者。大阪帝国大学理学部物理学科を卒業し、海軍技術中尉に任官。そこで井深大と知り合い、戦後、1946年に井深の東京通信工業に加わり、常務となり営業面を担当。’58年には社名をソニーに変更。以後、世界各国に販売会社を設立し、ソニーを世界的企業に躍進させた。’98年アメリカの『タイム』誌による20世紀にもっとも影響力のあった人物「20世紀の20人」に経済人として日本人ではただ一人選ばれた。
ソニー創業者の井深大氏(右)と盛田昭夫氏(1967年)
写真=時事通信フォト
ソニー創業者の井深大氏(右)と盛田昭夫氏(1967年)

成功しているベンチャーは、たいてい2人で創業している。その例をグローバル企業として成功している日本の元「ベンチャー」2社に見てみよう。

ソニーの顔であり、日本の顔だった盛田昭夫

まずお話しするのは、ソニーだ。一時期大いに低迷し、いまはまた復活の途上から絶頂期に向かって伸びているが、かつてバブル時代、日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言われて浮かれていた時代、ソニーはまさに世界に冠たるグローバル企業だった。

SONYのロゴは、世界の若者の憧れの的。その若者の中に、スティーブ・ジョブズもいた。そして、ソニーと言えば、盛田昭夫。かれは、日本が目立ちすぎて、いまの中国のようにアメリカの怒りと焦燥を買い貿易摩擦が激化していたころ、芥川賞作家の衆議院議員だった故石原慎太郎とともに『「NO」といえる日本』という本を書いている。

それは当時のベストセラーとなった。石原慎太郎が、東京都知事になるずっと前のことだ。盛田昭夫は当時、ソニーの会長だった。ソニーの顔であると同時に、日本の顔の一つでもあったわけだ。