福祉機器展ではなくモーターショーに出展
【田原】世界放浪の旅から、どのような経緯でと車いすをつくることになるのですか。
【杉江】ラオスに滞在中、ものづくりの仲間であり、のちにWHILLのメンバーになる内藤淳平や榊原直人から、「途上国向けの車いすをつくるプロジェクトをやる」という連絡をもらいました。ラオスでいろいろ調査してみると、そもそもビジネスになる規模でもないし、そしていきなり途上国でやるのは難しいということがわかってきた。いまいる住んでいる国でやればいいんじゃないかと話しました。
【田原】内藤さんや榊原さんは、なぜ車いすをやろうと思ったんですか。
【杉江】内藤や、同じく創業メンバーの福岡宗明は福祉工学科にいて、昔からこういう分野に興味があったのだそうです。そこに僕が乗った形です。
【田原】最初は途上国向けの車いすで起業したんですか?
【杉江】途上国向けは話だけで終わって、 最初の1台は、手動の車いすにはめて電動化するタイプ。みんなで500万円出し合って、2011年の東京モーターショーに出展しました。
【田原】モーターショー? 福祉機器展とか、医療機器展じゃなくて?
【杉江】僕たちは電動車いすというより、新しい1人乗りの乗りものを提案したいと考えています。それを世に問うなら、福祉機器の展示会より、最先端の移動体が集まるモーターショーのほうがいい。
【田原】なるほど。だからWHILLはパーソナルモビリティという言い方なんですね。じゃターゲットは車いすユーザーだけじゃない?
【杉江】はい。立って歩いている方でお買い上げになるお客様もいます。歩けるけど杖が必要だとか、50m以上はキツいとか。
【田原】足が不自由なだけ人だけじゃなく、高齢者も便利ですね。そのうち僕もお世話になるかもしれない(笑)。話を戻すと、モーターショーでの反応はどうでしたか。
【杉江】ありがたいことに話題になって、あちこちから声をかけていただきました。ただ、このとき1人だけ、「こんなもの、もうやめてしまえ」と言ってくる方がいました。よく話を聞いてみると、「みんな夢のような試作品を作るけれど、結局、量産化しないで終わってしまう。どうせキミたちもそうだろう。夢だけ見せるなら、最初からやらないでくれ」と言う。じつはこの言葉に思い当るフシがありました。僕は日産、内藤はソニー、福岡はオリンパスとういうようにみんなメーカーに勤めていたのですが、どこの会社にも試作だけして世に問わないプロダクトがたしかにあった。WHILLは、そういうプロダクトにしてはいけない。やるなら絶対に量産化しようと思って、会社組織にしました。
【田原】モーターショーに出したときはまだ会社じゃなかったんですね。ところで、会社名にもなっているWHILLはどういう意味ですか。
【杉江】2つの意味があります。1つは英語でWILL。未来とか意志という意味です。もう1つはWHEEL、車輪です。つまり未来の車輪、意志のある車輪ということです。
なぜ若手エンジニアが、大手メーカーからベンチャーへ転職するのか
【田原】会社をつくったのは日本? アメリカ?
【杉江】最初は日本です。2012年の5月でした。創業メンバーは僕と内藤、福岡の3人でした。
【田原】量産するなら、ヒト、モノ、カネが必要です。まずはカネから聞きましょうか。資金調達はどうしました?
【杉江】お金は相当に苦労しました。いろんなベンチャーキャピタルを回りましたが、当時はまったく相手にされず、1年半くらい資金調達できませんでした。じつは僕らがアメリカに本社をつくったのは、日本で資金調達できなかったから。最終手段としてアメリカに行ったところ、1億8000万円集めることができました。その後、日本でもようやく集められるようになりました。
【田原】次はモノですね。さっき工場は台湾だとおっしゃってましたが、どうして台湾でつくるの?
【杉江】台湾はモビリティをつくるメッカで、経験豊富な工場が多く、知見を持っている人も大勢います。しかも親日家が多くて、真面目です。
【田原】最初から台湾だったの?
【杉江】最初の50台は日本でした。大量生産はコストも大事ですから、台湾です。台湾だと、コストがおよそ半分になります。
【田原】あとはヒトですね。いま従業員は何人くらいですか。
【杉江】アメリカと日本の拠点を合わせて約50人です。製造は台湾のパートナーにお願いしているので、自社で人は抱えていません。
【田原】開発エンジニアは日本人が多いのですか?
【杉江】そうですね。僕らが会社を立ち上げた2012~13年は日本メーカーの調子がよくなくて、若手のエンジニアがけっこう辞めているんです。それは逆に僕らにとって大きなチャンス。新しいことをやりたいというエンジニアに声をかけて、仲間になってもらいました。いまいるエンジニアの経歴を見ると、トヨタ、ホンダ、ソニー、パナソニック、オリンパスなど、大企業出身の人がけっこういます。
【田原】杉江さんの会社はベンチャーで、まだ不安定でしょう。若い人が安定を捨ててベンチャーに転職する理由は何だろう。
【杉江】大企業の中にいると自分が歯車の1つであることを意識せざるをえませんが、ベンチャーは1人のミスで会社が傾くことがあるほど責任が大きい。あと、ユーザーとの距離が近くてダイナミック。ユーザーのリアクションがダイレクトにわかるので、エンジニアにとってはつくりがいがあるんだと思います。