脳は鍛えれば鍛えるほど機能が増す
脳の研究を続ける東京大学の池谷裕二教授に、真相を聞いてみた。「脳は本来、マルチタスクなのです。意図しなくても、複数のことを自然に同時処理しているので、マルチタスクは有害という意見は科学的には何の根拠もありません」と断言する。
そもそも経営とは、資金繰りから商品開発、人材育成まで多角的な仕事の組み合わせで成り立っており、経営者にとってマルチタスクは必然のスキルだ。
しかし、稲盛と孫の例で見てきたように、若い頃は誰でも目の前の課題や壁を突破するために、シングルタスクを強いられることが多い。「実は、若いころはシングルタスク派でもいいのです」と池谷教授は言う。
「重要なのは、目の前の課題に対して前向きに取り組むこと。たとえ失敗してもそこから学ぼうという姿勢や、成功体験までの試行錯誤が脳に経験として蓄積されていく。それを繰り返すことで脳のポテンシャルが開発され、同じ仕事でも短時間で済ませることができるようになる。その分、ほかの仕事を行う時間的な余裕が生まれます」
シングル派でもマルチ派でも、経験を積み重ねることでマルチタスクが身についていくのだ。
「脳は鍛えれば鍛えるほど、その機能が増します。そういう意味では、生来のマルチタスク派はいなくて、鍛えられてマルチになるということでしょう」と池谷教授は解説する。優れた経営者といわれる人々は、失敗体験も前向きにとらえ糧にしてきたのだ。
今、世界のトップ企業が社員研修に取り入れている“マインドフルネス”という考え方がある。目の前の一つのこと以外の邪念を取り払って最大限の成果を生もうというものだ。これは、そうしたマルチタスク脳を鍛えたうえでこそ、効能を発揮する。
「脳がマルチタスクだからこそ、マインドフルネスという言葉を導入してまで意識しないと一つに集中するのは難しい。状況と必要に応じて、シングルとマルチを切り替えられる。それが優れた脳といえるでしょう」(池谷教授)
(文中敬称略)
▼シングルタスク派はこんな人
・一つの課題にのめり込む
・好きなことでは人に負けたくない
▼マルチタスク派はこんな人
・常に多角的な事業展開を考えている
・次の手を常に準備しないと不安