弘兼憲史の着眼点

▼稼ぎ頭のテレビが衰退し苦境に立つ家電メーカー

グランフロント大阪内のショールームで、テクニクスの最高級モデルであるR1シリーズなど3つのシリーズの音を聴かせてもらいました。R1シリーズは、それこそボーカルの息づかいが聴こえるほどで、目をつぶると目の前で歌っているような錯覚に陥りました。いい音の中に身を置くと、時間が経つのを忘れてしまいます。素晴らしい体験でした。

2012年度の大赤字からV字回復

聴かせてもらったのは、CD、そしてネットワークオーディオでした。14年9月に小川さんがテクニクス復活を正式発表した際、「ターンテーブルはラインアップするのですか」と各所から質問されたそうです。そうして、国際家電見本市の「CES 2016」の記者発表会ではターンテーブル「SL-1200G」の発売が発表されました。現在、アナログレコードの市場自体も拡大しているようです。日本レコード協会の統計によると、アナログレコードの生産数は05年の約30.6万枚から14年には約40.1万枚に伸びたという統計も出ています。確かにテクニクスと言えばターンテーブルという印象が僕もあります。それに、音域の広いアナログレコードならば、テクニクスのR1からどんな音が出てくるのか、楽しみです。

現在、日本の家電メーカーは苦境に立たされています。たとえばかつての稼ぎ頭だったテレビでは、際限のない安売り競争で消耗を強いられています。パナソニックは大赤字から13年にV字回復を果たしたけれども、先行きは決して甘くはないでしょう。

▼生活空間の提案を通して製品の魅力を伝えていく

今後、パナソニックはどのような方向に進むのかと小川さんに聞いたところ、1つの製品を売るためには生活空間を丸ごと提案するのが鍵になると話してくれた。

「全社的に住空間価値創造プロジェクトというのをやっています。住空間の価値をどう高めていくのか。我々の生活から映像、音楽がなくなることはありません。ロボット、AI(人工知能)での制御を使って、聴きたいと思った音楽が自動的にすっと流れる、心休まる美しい絵が映し出されるような住環境を提案したいです」

実際、パナソニックはテレビやオーディオなどの家電事業を、従来のAV機器関連の社内カンパニーから白物家電と同じ社内カンパニーに移管し、組織再編を進めています。ショールーム内に設置されたバスルームにも、当たり前のようにオーディオをセットにした提案がなされていました。パナソニックは音響、映像機器のほか、キッチン、バスを含めた住居まで手がけています。パッケージとして提案できるのは今後の強みになることでしょう。

弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。
(田崎健太=構成 門間新弥=撮影)
関連記事
小川理子さんの「人に教えたくない店」
社員50名!「いいモノは高くても売れる」バルミューダ3万円の扇風機で証明
「日の丸家電」を復活させるキーマンはどんな人間か
なぜ不況でも10万円の靴が売れるのか
課長止まりの女性キャリア、役員になる女性キャリア